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経済産業省は、2018年9月に発表した「DXレポート」の中で、各企業におけるDXが進まない場合、「2025年以降、最大年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある」旨の警告をした。しかし、自社の課題を自己診断するのは難しく、DXを進めることができない企業が多い。そこで経産省が公開したのが、DXに関する自社の課題を把握・共有するための質問(キークエスチョン)などで構成された「DX推進指標」だ。本稿では50ページ超の「『DX 推進指標』とそのガイダンス」をとりまとめ、わかりやすく解説する。
執筆:EYストラテジー・アンド・コンサルティング テクノロジーリスク シニアマネージャー 西村 健一
執筆:EYストラテジー・アンド・コンサルティング テクノロジーリスク シニアマネージャー 西村 健一
メガバンクにて20年以上、金融システムの企画、構想作成、プロジェクト管理、リスク管理などを担当したのち、大手コンサルファームを経て、2020年にEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社に入社。現在はIT Risk Governanceユニットにて、IT・デジタルガバナンス構築・高度化支援、DX推進のためのIT戦略作成支援、DX人材育成にかかる支援、アジャイル開発プロセストランスフォーメーションの支援などにプロジェクトリーダーとして関与している。
DX推進指標とは何か
DX推進指標とは、各企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していくために自社の課題を自己診断するためのツールとして、2019年7月に経済産業省(以下、METI)が公開したものである。
経営者や社内の関係者が、DXに関する自社の課題を把握・共有することで必要なアクションを実行できるようになることを目的としており、9つのキークエスチョンとサブクエスチョンから構成されている。これらのクエスチョンに対して、それぞれの項目の達成度に合わせた成熟度が定義されており、これらクエスチョンに回答することで、各企業は現時点の自社のDX推進に向けた立ち位置を成熟度という形で認識できる。
DX推進指標は自己診断が基本だが、ポイントは経営層が中心となって回答するという点にある。特に、9つのキークエスチョンについては、「経営者自らがその現状と課題を認識すべき項目(経営者が自ら回答することが望ましい項目)」と位置付けられる。また、サブクエスチョンについても、経営者が経営幹部、事業部門、デジタル部門、IT部門などと議論をしながら回答するものと位置付けられている。
これが意味するものは、IT部門やデジタル部門が主導で自己診断をするということではなく、経営者自らが主導して自己診断をするということにある。経営者がDXを各部門に丸投げせず、自分自身で把握し意思決定することを促しているものと考えられる。
DX推進指標が提示された背景
DXは、Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略称であり、本来「デジタル技術を用いて顧客視点での新たな価値創出を行う」ことを意味する。
一方、多くの企業には「ライバル企業のように、自社もDXに取り組まなければならない」「AIやIoTといった最新の技術を導入することがDXである」というレベルの認識しかなく、新たな価値創出といった本来のDXの位置付けを見失っている、あるいは見失っていることにすら気づいていないケースも多い。
METIはそのような状況に危機感を抱いており、2018年9月に発表した「DXレポート」の中で、各企業のDXが進まない場合、「2025年以降、最大年間12兆円の経済損失が生じる可能性がある」旨の警告をしている。そして2019年7月にはDX推進指標を公開し、各企業が自社のDX推進のための整備状況を多角的に自己診断するツールとして利用を促している。
また本指標は、各社が同じ指標で診断を下すことで、他社や他業界の取組状況との比較検討することも目的としている。現在、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がDX推進指標の自己診断のフォーマットを提供しており、自己診断結果を提出した企業に対して業種別・規模別の平均値などベンチマークとなるデータを提供すると共に、各社の自己診断結果を集計・分析し、分析結果をレポートとして提示している。
DX推進指標に基づく自己診断についてIPAが分析しているが、その結果やDXを取り巻く状況などをMETIがまとめたレポートが「DXレポート2(中間とりまとめ)」として公表されている。
各企業におけるDX推進の現状
METIが2020年12月に公開した「DXレポート2(中間とりまとめ)」(DXレポート2)では、IPAが受領した自己診断結果回答企業(約500社:2020年10月時点)におけるDX推進への取組状況を分析した結果として、「実に全体の9割以上の企業がDXにまったく取り組めていない(DX未着手企業)レベルか、散発的な実施に留まっている(DX途上企業)状況であることが明らかになった。
自己診断に至っていない企業が背後に数多く存在することを考えると、我が国企業全体におけるDXへの取り組みはまったく不十分なレベルにあると認識せざるを得ない」と述べており、METIがDXレポートを公開して2年が経った現在、ほんの一部(回答企業の中の5%ほど)の先行企業とその他の平均的な企業では既に非常に大きな差がついている可能性が高い。
「部門横断的推進~持続的実施」段階の先行企業は5%程度に過ぎず(これらの企業の成熟度レベルの平均は3.6)、残りの95%の企業は未着手~一部の部門での実施に留まっている(これら企業の成熟度レベルの平均は1.5に過ぎない)。
また現在のコロナ禍の対応においても、企業文化の変革の重要性を理解してDXに取り組んでいるような先行企業は、取り組みが進んでいない企業に対して大きなアドバンテージを得ている可能性が高いと考えられる。DXレポート2においても、テレワークをはじめとした社内のITインフラや就業に関するルールを迅速に変更し変化に対応できた企業と、対応できなかった企業でDXの進捗に差が開いていると述べられている。
DXレポート2では、「DXの本質とは、単にレガシーなシステムを刷新する、高度化するといったことにとどまるのではなく、事業環境の変化へ迅速に適応する能力を身につけると同時に、その中で企業文化(固定観念)を変革(レガシー企業文化からの脱却)することである」と述べている。
企業文化(固定観念)の変革は、経営者が主導となった全社的な取り組みがあってこそ達成できるものであり、経営者が自社のDXに対する成熟度レベルを知るためのツールとして「DX推進指標」を改めて活用するタイミングなのではないかと思われる。
【次ページ】DX推進指標による自己診断の課題
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