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  • 2021/03/22 掲載

野中郁次郎教授に聞く「リーダー論」、なぜ“分析しすぎ”で経営が劣化するのか

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この30年、世界経済の中で企業価値の観点から、日本企業の存在感は低下の一途をたどっている。日本的経営が劣化してしまったのはなぜか。リーダーはどんな役目を果たすべきなのか。一橋大学 名誉教授 野中 郁次郎氏と、人工知能研究者であり企業経営や一橋大学での講師も担う松田 雄馬氏が、ホンダやアイリスオーヤマの例を示しながら企業内で「忖度」ではなく「真剣勝負」を生む方法を語った。
取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

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野中 郁次郎 氏
一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。知識経営の提唱者。2002年に紫綬褒章受章。2017年、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールから同大学最高賞の生涯功績賞を史上5人目として授与された。



酒を飲まなくても、ワイガヤはできる

野中 郁次郎氏:(以下、野中氏)「場」を作ることの重要性という意味で、ホンダジェット開発の物語は印象的ですよね。ホンダの伝統だったミーティング手法「ワイガヤ」の新しい形をやっています。

 本来のホンダのワイガヤは、三日三晩、チームで集まって合宿して議論してきました。酒を飲まないと駄目なんですよね。金がかかるんです(笑)。それで藤野(道格)というホンダジェットを開発した男が、「飲まなくたってできます」と言った。その代わり、素面で、オンザジョブで、本人の真ん前に立って、プロ同士で議論するそうです。そうすると真剣勝負ができて本質的な対話が成立すると言っていました。

 アジャイルスクラムでは毎日15分朝会をやりますが、全員立ってやります。なぜ立ってやるかいうと、間合いをはかる真剣勝負の考え方なんです。「立つ」ということは、緊張感もあるし、朝会が終わったらすぐに機動的に動ける。ということなんですね。

 ホンダの話に戻すと、あるところでオンラインで新人研修をやったそうです。新入社員を集めて、「言いたいことを言わせる」というのをやったんです。ワイガヤに代えてね。それはそれなりにうまくといったと言っているんだけれども疑問です。

 それとは別の取り組みがあって、それは昔のワイガヤの経験がある人間を集めて、オンラインでやったのです。これはやっぱりいいんですね、経験があるから。オンラインの動画で伝わるちょっとした情報からでも、お互いに知り合った中ですから、十分形になるんです。だけど、全く素人同士だと違ってきます。初めて合った同士でオンラインでやっても、もちろん、対話は成立します。しかし、創造的な、跳ぶ発想みたいなものは出てこないのです。きれいにまとまっていても新しものは何も生まれません。

松田 雄馬氏(以下、松田氏)それにはポジティブな意味での忖度、すなわち、お互いの気持ちを慮る「共感」が働いていますね。

野中氏:そうなんです。ここが真剣勝負。だから両方やらなきゃいけないんだけれども、やっぱりワイガヤのような真剣勝負の場がないと、新しい発想のジェット機が開発されることは難しいというのが分かりました。

「物語り」を共有するということ

松田氏:日本企業ではどうしても上司の前で忖度してしまうのではないかという問いに対して、ひとつ意見があります。

 前回(第5回)での野中先生のお話にあるように、中国は哲学を含む独自の学問が歴史的に誕生し、今も熱心に研究されている。一方で、組織になると、そこがなかなか生かされない。アリババの創業者であるジャック・マーのような海外経験のある人たちは例外で、多くの中国企業は、お金儲け優先になってしまうことが多いのが現状です。

 それに比べると、日本は、必ずしも目先の利益ばかりにはとらわれません。たしかに、組織内での忖度があり、機動力に欠ける部分があるのは事実ですが、それは、他人の気持ちを慮る能力に優れた人たちに恵まれているという証でもあります。

 上司がワイズリーダーではない場合もある。忖度してしまう、顔色をうかがってしまう人は多い。どうすればいいかというと、まず自分自身が変わる。それは「物語り」的なアプローチで、上司の物語を知ろうとしないといけないし、自分の物語を相手にも共有してもらわないといけない。泥臭い部分ですが、そこをやっていけば少しずつ差が埋まっていくのかなと。

 オンライン会議ツールのZoomで実験をしてみて面白い体験がありました。初対面の人同士の会話って、なかなかつながらないじゃないですか。でも知らない人ばかり集めてコンセプトのない飲み会をやったことがありまして、うまくファシリテートすると、割と知らない者同士でつながるんですよね。そこではフロー状態まではいきませんが、そこから生まれる関係がリアルにつながっていく

 ファシリテートのコツは、まさに物語なんです。この人は素晴らしい人であると、面白い人なんですと、こういう考え方でこういうお仕事をしていて将来なにを成し遂げようとしている、という物語を簡単に共有するだけで「なるほどね」と知らない人は聞こうとするのです。物語を共有して、その中で、自分が何ができるかという新たな物語を描いていく。そこはまさに野中先生のおっしゃるヒューマナイジング・ストラテジーじゃないかと思うんです。

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松田 雄馬 氏
1982年生まれ、大阪出身。博士(工学)。京都大学大学院修了。NEC中央研究所員としてのMITメディアラボ・ハチソン香港・東京大学との共同研究を経て、東北大学とのブレインウェア(脳型コンピュータ)に関する共同研究プロジェクトにおける基礎研究・社会実装で博士号取得。独立して合同会社アイキュベータを設立、現在、共同代表。一橋大学大学院非常勤講師。AI/IoTを中心に研究開発と情報発信を行う。

知的野蛮人を生み出そう

野中氏:まさにそうですね。なぜこの話になったかというと、ワイズリーダーは、必ずしも優しいリーダーだとは限らない。ある意味では悪も知らないといけない。ポリティカル・プロセス(政治的プロセス)もやらなきゃいけない。そういう意味ではワイズリーダーは、実践知を実践から獲得するんですね。

 本田宗一郎のような人たちも、なぜワイズリーダーかというと、結構「ワル」なんです。ポリティカル・プロセスも分かる。悪知恵じゃないんだけれども、知的体育会系というのかな。本田宗一郎に対する私の結論は「知的野蛮人」なんですね(笑)。極めて知的である半面、極めてワイルドで、それがないと「やり抜く」ところまでなかなかいかないんですね。

 リーダーというのは、ある意味で実践で鍛えられる。究極はやっぱり「命を賭ける」経験を一度でもやるかどうか。ここが究極の勝負なんですよね。スティーブ・ジョブズもそうです。ガンに冒された彼は「死を覚悟しながらやる」と宣言していました。それが知的野蛮人を育てる、実践知の究極の経験じゃないかという感じはしますね。

 日本的経営が劣化したのは、危機感がなくなったからだと思います。実は、生き方の中にクリエイティビティがあるのですから、生き方のクオリティを厳しくするんだということです。ところが今はそうではなく、分析すればいいと思ってしまう傾向があります。そういうMBA(経営学修士)が多すぎるんです。もういいかげんにしろと(笑)いうことです。

 だから、知的野蛮人を生み出すには、やっぱり一度は命を賭ける仕事をする経験を意図的に与えることも重要だと思います。チャレンジングな仕事を部下に経験させる。そして、裏ではリーダーがうまくいくように取り計らうということですね。

 アイリスオーヤマは、チームとトップが、有名なプレゼン会議で、毎週月曜日にやり合ってますが、そこで決めたことはもう稟議不要なんです。成功したらチームが賞賛されて、失敗したら会社が責任を持つ。すごいですね。あの真剣勝負を毎週やってますからね。「コロナ対策はどうしてる?」と聞いたら、マスクを着けてやっているそうです。

 ただ、少し人数を減らしているそうですが。マスクも自分の会社で作っているからね(笑)。一度、取材に本社に行きましたが、お土産がマスクなんです、あそこは。何でも作っちゃう、すごい機動力なんですね。

松田氏:真剣勝負、命を賭ける、そういう意味では、僕らの世代は野中先生にはかないません。やっぱり戦争を体験していない世代ですから。

 それはあるにせよ、僕は一人の在野の研究者で、同時に自分で会社を立ち上げて経営して、大学のような研究機関という拠り所がない中で研究も行っています。真剣勝負で挑んでいるつもりではあって。

 みんながそうしろとか、独立しているから偉いということではなく、ただそういう状況をひとつ脳内でシミュレーションしてみるだけでも違うと思います。「所属組織からの収入がなくなったとして、どうやってご飯を食べていきますか?」と考えると、それに資する価値を生み出さないといけない。これもある種の真剣勝負になってくるわけです。

【次ページ】「あれか、これか」から「あれも、これも」へ
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