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  • 2021/01/18 掲載

野中郁次郎教授が「オンライン会議は“40キロ以内”」と語る深いワケ

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新型コロナウイルスにより企業経営や、働き方に関する領域でも「デジタル」の傾向がますます強まっている。デジタルトランスフォーメーション(DX)の本当の意味とは何か、そしてリモートワークの「可能性」「弊害」について、一橋大学 名誉教授 野中 郁次郎教授と、人工知能研究者であり企業経営や一橋大学での講師も担う松田 雄馬氏が語った。

取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

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松田 雄馬 氏(左)と野中 郁次郎 氏(右)



DXの提唱者が本当に言いたかったこと

松田 雄馬氏(以下、松田氏):第1回の通り、エディンバラ会議は世界の流れを象徴しています。行きすぎた資本主義社会は、まさに情報社会とイコールです。世界の賢人たちはこれが行きすぎだと気付いている。

 そうではない調和的、持続可能な世界を描ける人が次世代のリーダーシップ、つまり野中先生のおっしゃる「ワイズリーダー」で、それがまさにヒューマナイジングすることかなと。世界で活躍する素養のあるはずの日本のビジネスマンやエンジニアの方々にも、そういった考え方に注目して、世界に向けて意見を発信してほしいと思います。

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松田 雄馬 氏
1982年生まれ、大阪出身。博士(工学)。京都大学大学院修了。NEC中央研究所員としてのMITメディアラボ・ハチソン香港・東京大学との共同研究を経て、東北大学とのブレインウェア(脳型コンピュータ)に関する共同研究プロジェクトにおける基礎研究・社会実装で博士号取得。独立して合同会社アイキュベータを設立、現在、共同代表。一橋大学大学院非常勤講師。AI/IoTを中心に研究開発と情報発信を行う。

 先生の書籍『ワイズカンパニー』の表紙裏を見ると、一番最初にこんなことが書いてあります。「『我々は企業の競争力の源泉は情報処理ではなく知識であるという観点からこの本を書いた』」と。

 従来からデータドリブンな企業体を作ろうという流れがあり、そこにコロナ禍がきて、ますますデジタライゼーションを加速させる必要がある。今までアナログなやり方でやってきた企業経営を、デジタルの力でますます大きくしていく。デジタル情報処理は大きな武器にはなるのだけれど、その力の源泉は知識である点は忘れてはならないことでしょう。

 最近、デジタルトランスフォーメーション(DX)を提唱したエリック・ストルターマンの論文を研究しました。DXでよく言われているのが、最初の一歩として「デジタル化により業務を効率化して戦える企業体を作りましょう」ということです。ところが、それだけだとコストダウンで人件費も安くして誰も喜ばない悲しい社会になってしまう。

 実は、DX提唱者のエリック・ストルターマンは全然違うことをおっしゃっている。まず、論文タイトルが“Information Technology and the Good Life”なんです。より良い社会を実現するため、情報技術、デジタル化を使いましょうと。まさにワイズカンパニーなんです。

 デジタル化やAI(人工知能)は、それ自体は手段でしかない。目的はヒューマナイズ、人間中心の社会を作らなければならないということだと思うのです。

 人間中心、ヒューマンセントリックという言葉は情報科学の世界でも言われてきましたが、いつの間にか効率追求になっていたりして、なかなか実現できない。そこを人間中心に変える考え方を、若いビジネスマンやエンジニアらが手に入れて、世界で活躍できるようになっていく、そこに向けて考えていく必要があると思います。

哲学者が予言していた「人間」の復権

野中 郁次郎氏:(以下、野中氏)それはすごく重要な話。このヒューマナイジング・イノベーションは何がベースになっているかというと(哲学の一分野である)現象学なんですね。フッサール(オーストリアの哲学者)、メルロー・ポンティ(フランスの哲学者)とかいろいろいますけど。山口一郎(日本の哲学者)という学者が東洋大にいて、たまたま知り合いましたが、最初は何を言ってるか分からなかった、あの人(笑)。

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野中 郁次郎 氏
一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。知識経営の提唱者。2002年に紫綬褒章受章。2017年、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールから同大学最高賞の生涯功績賞を史上5人目として授与された。

 現象学はえらく七面倒くさいなあと。しかし、直感的に人間の本質をとらえていると思っていました。それから十何年か対話を続けて、やっと分かってきました。どうもSECIモデル(注1)を改めて捉え直すと、現象学の思想と通底していたんです。

注1:野中郁次郎氏が提唱した企業経営における知識マネジメントのモデル

 そこで現象学者山口一郎先生と共著で『直観の経営 「共感の哲学」で読み解く動態経営論』を出した。あれもなにか訳が分からん本なんですけど(笑)、じわじわと支持されて再版になりました。

 現象学とSECIモデルの何が似ているかを考えると、「過剰な客観化」に対する危機感だと思います。フッサールには第一次世界大戦を経て、日常の数学化が過剰に行きすぎたことへの反省があった。

 実は人間が当たり前のように行っていることはクリエイティブなんだ、それ自体が。現象学の第一前提は人間が意味をつくる、あるいは価値づけすること。主観の中での意味づけなんていうのは、クオリア(qualia)ですよね。サイエンスは、あまりにも量に還元されてしまった。

 しかし、本当はその前に感性に導かれる意味があるんです。その順番は決して逆ではない。意味の本質をえぐり出して普遍化する、それが本来のサイエンスなんだ。人間が日常で当たり前のように見ているものを、主観、クオリアの側面が毎日意味づけしている。そこがまず最初にある。

 最初は一人称なんだけど、それを他者との共感という二人称化媒介にしながら三人称にもってきたときにサイエンスが成立する。そのプロセスを通じて、意味づけ、価値づけが普遍化される。そこを忘れて、はじめに「理論ありき」で、形式化された三人称化されたものに過剰に行きすぎて、まさに「分析麻痺症候群」になってしまう。

 そのようにして、人間の生き方を忘れた形式論が跋扈(ばっこ)して、MBA(経営学修士)みたいなのがのさばってきて、その結果がオーバーアナリシス、オーバープランニング、オーバーコンプライアンスによる人間力、組織力の劣化が起きている。

 人間が日々クリエイティブに生きる根底には、現象学が説明する人間の本質が、非常に重要なベースになっている。もうひとつ、戦略とは何だというと、やはり生き方なんです。だから「物語る」ことが非常に重要なわけでしょう。

 だから人間の“Way of life”というか、こういうものが本当の意味でのヒューマナイジング・ストラテジーであるということが1つのキーポイントになっている。

 脳科学、心理学の世界でもこれは証明されつつあります。例のミラー・ニューロン(注2)じゃないけど、我々は人間の行動を見ているだけで相手の視点に立つというか、エンパシー(共感)、感情移入ができる。意図まで読める。そうですよね。

注2:他の個体の行動を見て反応する神経細胞。共感能力に関係すると考えられている

松田氏:おっしゃる通りです。

【次ページ】AIでは不可能な「意味、行為のコミュニケーション」とは

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