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  • 2021/03/10 掲載

一橋大 楠木建教授に聞く「事業戦略」、なぜDXやSDGsが“余計なこと”になり得るのか

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2020年は新型コロナウイルスに翻弄された年だった。ビジネスを取り巻く状況が激しく変化する中、持続可能な企業経営を実現するためにはAI(人工知能)などの先進技術の導入が不可欠だといえる。経営戦略の柱としてどのようにAIを活用すべきなのだろうか。今後ビジネスリーダーが持つべき考え方について、企業の競争戦略を専門とする経営学者である一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建氏と、人工知能(AI)研究を通じて人間の知能、人間と技術の在り方を探究する研究者である松田 雄馬 氏の対談から、そのヒントを探る。
聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:畑邊康浩

聞き手、構成:編集部 山田 竜司 執筆:畑邊康浩

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楠木 建

一橋ビジネススクール教授。一橋大学商学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。専門は競争戦略。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知』などがある

コロナ禍でも事業戦略の考え方は変わらない

──まず、コロナ禍についてお聞きしたいと思います。楠木教授の専門は事業戦略であり、松田さんは「人間社会の中で技術をいかに役立てていくか」を研究されていますが、コロナ禍を通じてその「考え方」に、影響はありましたか。

楠木 建氏(以下、楠木氏):「考え方」にはまったく影響はありません。もともと「よい事業戦略」だったものが、コロナの後に「よくない事業戦略」に変わることはないですよね。もちろんコロナ禍の市場への影響はありますから、それによって企業の業績がよくなったり、打撃を受けたりすることはあるでしょう。でも、それは事業戦略の「考え方」が変わるということではありません。

 優れた競争戦略で商売をしている企業は地力があります。コロナに限らず、震災やリーマンショックのような外的なショックがあっても底力を出しますよね。一方で、しっかりとした戦略に依拠していない商売は、外的ショックに対して脆いということはあると思います。

松田 雄馬氏(以下、松田氏):「人間社会の中で技術をいかに役立てていくか」、その中で「競争戦略をどう組み立てて経済を回していくか」という視点では、コロナ禍だからといって人間がやるべきことや開発すべき技術は変わらないと思います。

 一方で、開発・研究プロセスやそれを取り巻く環境には、かなり大きな影響が出ています。人と直接会えないため、国際学会のほとんどが中止になったり、ディスカッションがうまくいかなかったり。それで、皆さんが、なんとなくZoomで話したりするようになっています。

楠木氏:“なんとなく”というのは“仕方なく”という面もありますね。

松田氏:そうなんです。やはり多くの人は「ニューノーマル」と言いながらも、「コロナが明けたら会いましょう」という感覚も強いと思うんですよね。特に、我々学者や、スタートアップの世界は「ディスカッションしてなんぼ」なところがあるので、再び直接会ってディスカッションできる日に向けて、今は英気を養う時だと考えている人が多いのではないでしょうか。

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松田 雄馬
合同会社アイキュベータ共同代表。京都大学工学部地球工学科卒、同大学大学院情報学研究科数理工学専攻修士課程修了。日本電気中央研究所などを経て、AIの基礎研究とともに社会実装にも取り組んでいる。著書に『人工知能の哲学』『人工知能に未来を託せますか?――誕生と変遷から考える』などがある。

コロナ禍でDXは加速しているのか?

──コロナ禍でリモートワークが広がり、Zoomの株価が上がったという話もありました。コロナがデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるという見方もあると思いますが、それに対してはどうお考えですか。

楠木氏:DXが大切なのは言うまでもないんですけど、それは「健康って大切だよね」と言っているのと同じではないでしょうか。デジタル技術で物事を効率化することそれ自体はいいに決まっている。スポーツをする人が「足が速いことは大切だよね」と言っているようなものに近い。

 ただし、DXはどこまで行っても「手段」でしかない。その手段によって「何を達成しようとしているのか」「その目的に対して、DXという手段が有効なのかどうか」は、個別の企業の商売の文脈の中で初めて決まってくるものです。相撲取りにとっての足の速さと、陸上選手にとっての足の速さは違います。だから「DXに乗り遅れるな」は、その通りなんだけれども「具体的に何をどうするのか?」が大切です。

 たとえば、「今は十分健康な状態なので、特に何も変える必要はありません」という会社もあるわけです。それは「個別」の問題です。現代は、個別性が無視されやすい時代だと思うんですよ。なぜなら、入ってくる情報量が多いからです。注意が分散することで、個々の問題に対する注意の量が減っている。思考は注意から始まります。AIやDXの話は、企業や商売の個別性を軽視していると思います。

──政府が新たにデジタル庁を作ったり、あるいは「DX銘柄」などの取り組みによって、DX推進企業に対して経済産業省がお墨付きを与えるような流れがあります。そうすると、いかに「個別性を見なくては」と言っても、企業としてはDXに取り組まざるを得ない雰囲気がありそうですね。

楠木氏:企業が「株価」を行動の目的に据えても仕方がないと思うんですよね。株は人気投票であり、常に上下動します。結局、長期で見ないと分かりません。直近でDXで株が上がっている会社も、3年先ですらどうかわからない。株価は結果です。しかも一時点の結果。経営にとってコントロールできない。コントロールできないものをゴールにするのは間違いなく間違っていると思います。

 大事なのは「長期利益」です。長期できちんと利益を出し続けることが、世の中に対して価値を作っているということです。長期利益が出ていれば、自然と投資家は評価するので、結果として株価は上がります。この順番が大切です。

【次ページ】経済とは、企業の業績の集積で動いている
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