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これまで、企業のIT部門の仕事は、従来業務のシステム化とそれによる効率化がメインでした。しかし、DXによってビジネスモデルのIT化が進むと、IT部門はコスト部門から企業競争力の源泉である“プロフィットセンター”へと進化してきました。こうした中、企業成長の重要な役割を担う開発組織をこれまでと同様の方法では管理しきれなくなっています。開発組織のパフォーマンスを最大化するため、新たに誕生した役職である「VP of Engineering(VPoE)」について解説します。
リープフロッグ CEO 松田純子 取材協力 監修:paiza CEO 片山 良平
リープフロッグ CEO 松田純子 取材協力 監修:paiza CEO 片山 良平
リープフロッグ CEO 松田純子
「広報の力で企業競争力をアップする」広報コンサルティング会社LEAPFROG 代表。
伴走型、人材育成型による、広報組織の立ち上げから事業戦略と連動した広報戦略設計、エグゼキューション支援まで実施。「広報の目的」=「企業成長」と捉え、新人、独り広報の会社でも最速で効率よく広報部門を立ち上げ、企業成長に資する広報活動が行えるよう支援。早稲田大学卒業後、大手人材会社、求人広告エン・ジャパンでのコピーライターを経て、ITベンチャーのワークスアプリケーションズ、博報堂系デジタル広告会社スパイスボックスで10年以上にわたって広報業務に従事。一貫してコーポレート、インターナル、採用コミュニケーションのすべてに関わりビジネスゴールの達成を支える。2018年、スパイスボックス経営戦略室マネージャーに就任後、2019年に起業。プロフィールはこちら。
VPoE(Vice President of Engineering)とは何か?
「VP of Engineering(Vice President of Engineering:VPoE)」とは、ソフトウェア開発部門や技術部門を統括する役職であり、マネジメント責任者のことを指します。
近年、日本国内のWebサービス企業に設置されることが増えている役職ですが、以前からVPoEが設置されている米国では、IT企業に限らず製造業にも見られる役職です。
組織のIT部門の役割としては、これまでも「最高技術責任者(CTO)」と呼ばれる役職がありました。近年、ヤフーやメルカリなどをはじめとしたWebサービス企業では、経営のCTOとは別にVPoEを置くケースが増えてきています(後述)。
VPoEの主な役割は、開発部門のアウトプットを最大化させるための“マネジメント”です。また、技術面やビジネス面、組織面を含む諸問題を解決に導くことがミッションです。
VPoEの具体的な業務としては、社内の開発業務のフロー整備、目標設定、戦略策定などの計画、実装、監督から、ITエンジニアの採用、評価、制度設計などの組織作りまでを担当します。VPoEは「開発部門の優れたマネージャーであり、優れたチームビルダー」というイメージを想像するとよいでしょう。
VPoEとCTOの両方がいる場合、序列は企業によって異なります。ただ、国内では並列でそれぞれが役割分担をしています。その場合、VPoEは主にチームのマネジメント面、CTOは技術面を担当しています。
たとえば、CTOは「社内のトップエンジニア」であることが多く、その企業の技術戦略や技術選定、また技術的優位性維持のための投資、研究開発などを主に担います。いうなれば、CTOは「テクノロジーの実装と製品戦略の間をつなぐ立ち位置」の存在です。また、CTOはテクノロジー色のより強いポジションと言えます。「会社の顔」として広報側面を担当することもあります。
ただし、実際には会社ごとにポジションタイトルや役割・責務は異なります。それぞれの企業が自社の開発部門にどのような役割と責務が必要かを考え、それぞれに適したCTO/VPoEの責任範囲を定めています。
なぜ今、 VP of Engineeringが注目されているのか?
ここからは、VPoE誕生の歴史を振り返っていきます。米国では2000年代前半に、すでにIT企業にVPoE職が存在しています。日本よりもはるかに前からこの役職が浸透していました。
日本でいつごろからVPoEが注目されるようになったのか? それを把握するために、キーワードの人気度の数位を表す「Google Trends」を確認してみましょう。Google Trendsによると、2017年ごろ国内でも注目されてきたようです。
日本国内では、メルカリが2017年4月、グローバルなテックカンパニーではすでにスタンダードだったCTOとVPoEの2トップ体制に移行し、それぞれの役割を明確に分けることを発表しました。
同社以前にもVPoEを置いていたベンチャー企業が国内にもありましたが、当時すでにメガベンチャーとなっていたメルカリがCTO、VPoE制を採用したことで徐々に知名度が上がったと考えられます。また、2017年には、大手Webメディアを運営するGunosyやエムスリーなどもCTO、VPoE制に移行しています。
メルカリの影響はもちろんですが、日本で最近VPoEがこのように注目されるようになった理由は他にも考えられます。
たとえば、IT技術の浸透により、この10年でITが担う範囲が「従来業務のIT化」から「ビジネスモデルのIT化」へと急速に変化したことです。現在、盛んに叫ばれているDX(デジタルトランスフォーメーション)こそが、まさにビジネスモデルのIT化と捉えることができます。業務のIT化は言い換えれば、「コストセンターの効率化のためのIT化」であり、当時は開発部門もコストセンターでした。
一方、DXによるビジネスモデルのIT化では、開発部門こそが利益の源泉であり「プロフィットセンター」に位置づけられます。
このため、開発部門のトップには、専門性の高い戦略的意思決定や技術優位性維持のための投資に加えて、研究開発、製品戦略や組織作りのためのピープルマネジメントなど広範囲にわたる重要な役割が求められるようになりました。
開発部門のトップがカバーすべき上記の領域を大まかに分けると「技術」「組織」「プロダクト」の3分野となります。
しかし、特徴の異なるこれらの分野すべてで専門性を発揮できる人材は多くありません。そのため、VPoEが「組織」領域、CTOが「技術」領域を受け持つことで、「プロダクト」開発が円滑に進むように両者で事業部と協力するという、CTO、VPoEの2トップ体制が注目を集めるようになったのです。
VP of Engineeringの評価とは
現在、国内におけるVPoEの市場価値はとても高い状態にあります。それは、VPoEの重要度やニーズが高まる一方、VPoEの役割を担える人材が増えていないことが原因です。
また、このポジション自体の認知度自体はそれほど高くないこともあり、現在、国内でVPoE職に就く人材の数は極めて少ない状態です。これまであまり求められてこなかった職種だけに、この役職を担えるスキルや経験を持つ人材も多くありません。
さらには、適切なスキルや経験があったとしても、その人がITエンジニアからマネジメントを主業務とするVPoEへキャリアチェンジすることを望むとは限らない側面もあります。
VPoEには、技術面を深く理解した上で組織のマネジメント、評価制度などを取り扱う必要があります。そのため、技術者としてのベースが必須となります。
しかし、VPoEの主業務は基本的に人や組織のマネジメントに関わる部分です。その観点では、技術から距離を置くことになるため、技術者からマネジメントに移りたがる人が少ないと言えます。こうした理由からITエンジニア出身のマネージャーであるVPoEは、とても希少価値が高い状態にあるのです。
IT技術を競争力の源泉としている企業において、開発部門のマネジメントは非常に重要度が高く、さらに採用難易度も高いため、国内での給与水準はCTOと同等であることが多いようです。
現状すでに日本にも多数いるCTOの給与は以下のようなイメージです。VPoEも同様の待遇となることが考えられます。
たとえば、ITエンジニア・プログラマ専門の転職サイト「paiza転職」では、国内CTO、同等役職(候補含む)の給与額イメージは以下のようになっています。ここからさらに「ストック・オプション」などが与えられる場合も想定されます。
大企業: 1,000万円~2,000万円
スタートアップ: 700万円~1,500万円
VP of Engineeringに求められる能力とは?
ここであらためて、VPoEに必要となる一般的な能力についてまとめたいと思います。もちろん、会社によっても変わりますが、一般的なVPoEの業務範囲は下記のようになります。
■VPoEの主な業務範囲
(「paiza転職」における一般的な「VPoE」の求人要件より作成)
採用(要件設定、面接、採用戦略、オンボーディングなど)
組織、制度設計(組織改編、評価、研修、組織文化など)
事業戦略(事業計画、採用計画、プロダクト計画など)
チームマネジメント(チームビルド、1on1、目標管理、評価、キャリア設計、育成など)
開発マネジメント(要件調整、アサイン管理、部門間調整など)
これから分かることは、技術系の知識経験をベースとしながら、組織管理を行うことができる能力が必要だと言うことです。一定のITエンジニアとしての経験や最新トレンドを追うことも必須ですが、CTOが技術面をけん引していく場合、自分自身がITエンジニアとして動く必要はありません。
逆に、開発組織の全体像に加えて、全社的な動向を把握したり、技術的な課題だけでなく、人的資源や財務上の課題にも対処する必要が出てきます。そのため、人材のマネジメント力や経営に関する知識・経験が求められることになります。
現在の日本においては、多くの場合、未経験からVPoE職に就くことになります。専門家の意見によると、未経験からVPoEになる道筋としては、以下のようなキャリアが考えられます。
中堅から大手SIerや自社サービス開発企業で、ITエンジニアとしてプロジェクトリーダーなどを務めた後、開発部門トップとしてITエンジニア組織のマネジメントを経験。その後、プロダクトマネージャーやプロダクトオーナーとしてサービスの売り上げ・予算管理などまでを幅広く経験した人
大企業の新規事業開発などでITエンジニアとして働き、プロダクトの成長、組織拡大を目指す中で、エンジニアリング以外にも「人・モノ・カネ」のマネジメントまでを経験した人
ちなみに、日本より先にVPoEが浸透している米国では、ITエンジニアの経験やエンジニアリングの学士の他にも、経営学修士(MBA)や技術経営管理修士(MOT)などが応募条件として求められることもあるようです。
VPoEでは幅広い知識やスキル・経験が求められるため、ITエンジニアとしてのキャリアをスタートしてからVPoEを目指すことができるようになるまでには、一般的に米国でも日本でも10年程度の経験が必要と考えられます。
VP of Engineeringの担う組織の体制を解説
国内におけるVPoEは、CTOとの2トップ体制が多いとお話ししましたが、次にCTOとVPoEが2トップを務める組織のあり方とは、一体どういうものかについて説明します。
VPoEが率いるチームは、主にITエンジニアが属する開発組織になります。VPoEは、組織拡大を目指して、ITエンジニアの採用やオンボーディング(転職者への早期戦力化への仕組み)やメンタリング(主体性を引き出す人材育成手法)、商品・サービス運営を行う事業部と調整を担います。
その組織体制としては、たとえば10人程度の開発組織であれば、VPoEが直接ITエンジニアをマネジメントして、それ以上の規模になると中間にエンジアリング・マネージャーを配置して、VPoEが各エンジアリング・マネージャーをマネジメントする体制を構築します。
CTOとVPoEの両者がいる場合は、主に2つの組織形体が見られます。
CTOが研究開発や品質管理に特化した戦略的なエンジニアリング組織を持ち、VPoEが現状のプロダクトやサービスに関わる新規開発を行うエンジニアリング組織を持つ場合
両者で一つの開発組織を管理しながら、それぞれVPoEが「組織」、CTOが「技術」のマネジメントを受け持つ場合
米国では、CTOが通常の開発組織とは別に、研究開発に特化した開発組織を受け持つ(1)のパターンが多いようです。技術的優位性の維持やプロトタイプ開発などをCTOが受け持つ形です。
【次ページ】VP of Engineeringの事例と「設置への懸念」を解説
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