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時代とともに戦略論は進化しているが、あらゆる状況に当てはまる万能な戦略論はない。そこで必要なのは戦略論の古典から良い部分を抽出し、それを取り込む発想だ。かつて日本IBMのマーケティングマネージャーとして同社の成長を支えた永井 孝尚氏は、押さえておくべき戦略論の名著として『知識創造企業』を挙げる。競争力を左右する「知識」が企業内でどのように育まれるのか、ホンダの事例を交えながら同氏が解説した。
「知識」は企業でどう作られるか
泳ぐ方法は、言葉で説明されてもなかなか分からない。実際に水に入り息継ぎやバタ足を練習して、私たちは泳げるようになる。言葉にできない知識もある、ということだ。
この言葉にできない知識を「暗黙知」、言葉にできる知識を「形式知」という。知識はまるで氷山のような構造だ。海の上に見える氷山の下に膨大な氷の塊があるように、言葉で伝わる形式知の下に言葉にできない膨大な暗黙知がある。
「知識社会」といわれる現代では、企業の中で生まれる「知識」が競争力を左右する。しかし知識が企業の中でどのようにつくられるのか、よく分かっていなかった。
本書は日本企業の事例研究を通して「組織的な知識創造」を理論化し、世界に高く評価された。日本企業の成功は、組織的に知識を創造する仕組みを持っていたおかげなのだ。
組織の中では、個人間で形式知と暗黙知を交換し合って知識がつくられる。私が編集者と本の企画を考えるときも同じである。
「たたき台を考えました。どうでしょう?」
「うーん」「うーん」「ううーん」
編集者とうなりあい、対話を重ね、暗黙知と形式知が反応しあって、本の企画やアイデアが生まれる。
組織で知識が生まれる「SECIモデル」
この、組織で知識が生まれる仕組みをモデル化したのが 「SECI(セキ)モデル」だ。暗黙知と形式知が4フェーズで変換され、組織で知識が創造されていく。
1981年にホンダが発売した「シティ」を例に考えよう。当時は背が低くて平たい車が多かったが、シティは小さなエンジンを積み、コンパクトで背が高い独特なデザインで大ヒットした。
ホンダは「冒険しよう」というコンセプトで新しい車をつくることになり、若手技術者やデザイナーでチームを結成した。トップは「低価格だが安っぽくない、既存モデルと根本的に異なる車を開発しよう」と指示した。
●共同化(暗黙知→暗黙知)
個人同士で経験を共有し、新たな暗黙知を生む段階だ。
ホンダは「ワイガヤ」と呼ばれる合宿で、個々のメンバーが持つ経験や暗黙知を徹底的に話し合い、問題意識を共有した。
●表出化(暗黙知→形式知)
暗黙知を明確なコンセプトに表現する段階だ。
「冒険しよう」というトップの方針を受け、リーダーの渡辺洋男が「クルマ進化論」という概念を考え出し、メンバーに「車が生命体ならどう進化するか?」と問いかけた。メンバーは議論を重ね「車は球体に進化する。全長が短く背が高い車は、軽くて値段が安く、居住性と頑丈さもすぐれるはずだ」と考えた。そして「マン・マキシマム、マシン・ミニマム」「トールボーイ」などのコンセプトが生まれた。
●連結化(形式知→形式知)
コンセプトを組み合わせ、知識体系をつくる段階だ。ホンダはコンセプト「トールボーイ」で、都市型カー「ホンダ・シティ」をつくり上げた。
●内面化(形式知→暗黙知)
個々人が学んだ暗黙知を組織に広げる段階だ。シティ開発メンバーは、その後、学んだ経験をさまざまなプロジェクトで生かすようになった。
このように知識を生み出すには、知識を共有する多様な場を社内に用意することだ。ホンダでは、先にも紹介した「ワイガヤ」という合宿がある。参加者は7~8名。具体的なテーマを3日3晩、延々と議論し続ける。
初日は本音で意見を主張しあい、議論が白熱する。2日目には互いに意見を理解しようとし始める。3日目になると論理的な意見も出尽くしてくるが、そこでさらに初日の議論に立ち戻ると、さらに深く本質的な議論になり、創造的な新しい解決策にたどり着くという。
そして3日3晩の生きた時間を共有した参加メンバーは、その後もスムーズにコミュニケーションが取れるようになり、部門を超えた協業ができるようになる。
【次ページ】中間管理職が「知識」創造のカギを握る
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