「2025年の崖」とは、複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合に想定される国際競争への遅れや我が国の経済の停滞などを指す言葉だ。2025年までに予想されるIT人材の引退やサポート終了などによるリスクの高まりなどがこの停滞を引き起こすとされる。経産省の
DXレポートによれば、企業は自社の将来の成長、競争力強化のために新たなデジタル技術を活用し、ビジネス変革や新たなビジネスモデルを創出、柔軟に改変する“DX”推進の必要性を理解しているという。しかし、DXを推進しようという試みは見られるものの、実際は多くはビジネス変革につながっていないというのが現状だと指摘している。
レガシーシステムに多くのコストや人的リソースが費やされることで、新しいデジタル技術などにIT予算などの資源を投資できなくなり、企業のグローバル競争力を低下させていると危惧されている。
DXレポートでは、2025年には21年以上稼働しているレガシーシステムがシステム全体の6割を占めると予測している。今後、これらのシステムを刷新する必要があり、この刷新の波に乗り遅れた企業は多くの事業機会を失うという。
その具体的なイメージとして、2025年~30年の間に最大12兆円の経済損失が生じると推定している。経産省ではDXレポート以降、企業のDX推進を支援するさまざまなドキュメントを公表している。
企業のレガシーシステムの問題の本質は、自社システムの中身がブラックボックス化していることにある。
ユーザー企業は自社のシステムの内部構造が複雑化し、自分自身で修正できない状況に陥っている状態だ。レガシーシステムの問題は技術的な側面だけでなく、適切なメンテナンスを行わないなどの不十分なマネジメントもブラックボックス化を引き起こしている。
自社のレガシーシステムがブラックボックス化していても、システムが稼働していれば大きな問題とはならない。しかし、多くの企業では、ブラックボックスの解明や新たな構築方法の検討などを、自社の経営課題として真正面から取り組まないまま時間が経過してしまっている状態にある。
レガシーシステムがブラックボックス化している現状には、いくつかの背景がある。
1つ目は「日本ではユーザー企業よりもSIerやベンダー企業にITエンジニアが多く所属している」点だ。ユーザー企業は、ベンダー企業に受託開発を依頼する構造となっているため、ユーザー企業側にITシステムに関するノウハウが蓄積しにくい。
2つ目は「有識者の退職などによるノウハウの喪失」だ。大規模なシステム開発を行ってきた人材が定年退職の時期を迎え、属人化していたノウハウが失われて、システムのブラックボックス化が起きている。さらに業種によっては企業間の合併や買収が活発化し、それに伴うITシステムの統合などによって複雑度が増大し、さらに俯瞰が困難になっているケースもある。
こうした中、レガシーシステムの問題を自覚していても、ハードウェア/ソフトウェアの維持限界がこない限り問題の重要性が顕在化してこない。
そのため、レガシーシステムの問題を根本的に解消しようとしても、長期間と大きな費用を要する上、手戻りなどの失敗のリスクもある中で、根本的にシステム刷新をするインセンティブが生じにくいのが現状だ。
「2025年の崖」超えるためのコストとは
たとえば、システム刷新して2025年の崖を超えるには、どれくらいのコストが必要となるのだろうか。DXレポートでは、システム刷新に要するコストの例を以下のように挙げている。
<事例1(運輸業)>
7年間で約800億円をかけて、50年ぶりに基幹システムを刷新し、運用コストを効率化し生産性を向上につなげる
<事例2(食品業)>
8年間で約300億円をかけて、30年以上利用していたシステムを刷新し、共通システム基盤を構築
<事例3(保険業)>
約25年経過した基幹系システムを、経営陣のプロジェクトのもとで、4~5年で約700億円をかけて、ITシステム刷新を断行
このようにシステム刷新には、中長期な年数と数百億円単位を大規模なコストがかかる。数年単位で経営者が変わる場合においては、その任期においてシステム刷新後の恩恵を受けにくいこともあり、中長期視点でシステム刷新を経営判断することは難しい状況となっている。
DXの推進には、デジタル技術の活用など「攻めのIT投資」に重点を置く必要がある。しかし、実態はその逆だ。JUASの「企業 IT 動向調査報告書 2017」によると、日本企業のIT関連予算の80%は現行ビジネスの維持や運営などの「守りのIT投資」に割り当てられているという。
レガシーシステムの中には、短期的な観点でシステムを開発した結果、長期的に運用費や保守費が高騰している状態のものも多い。つまり、本来不必要だった運用、保守費を支払い続ける「技術的負債」(Technical Debt)を抱えているケースがあるのだ。レガシーシステムを放置した場合、そうした技術的負債が増大することが懸念されている。
ユーザー企業がITシステムの運用や保守に8割を費やし、技術的負債を抱えていれば、将来にわたって新たな付加価値を生み出すために必要なIT投資に資金や人材を振り向けることが困難になる。多くの企業は、こうしたDX実行のために必要となる攻めのIT投資ができないという課題に直面している。
「2025年の崖」克服に向けたDX実現シナリオ
仮に2025年の崖に陥ってしまった場合、日本企業はどういう状況になるのだろうか。DXレポートでは、「爆発的に増加するデータを活用しきれずにDXを実現できず、デジタル競争の敗者となる恐れがある」「ITシステムの運用保守の担い手が不在になり、多くの技術的負債を抱えるとともに業務基盤そのものの維持や継承が困難になる」と予測している。
一方、ベンダー企業にとっては、技術的負債の保守や運用にリソースを割かざるを得ず、最先端のデジタル技術を担う人材を確保できなくなる恐れがあるという。また、レガシーシステムのサポート継続に伴う人月商売の受託型業務から脱却できない状況に陥ることが懸念されている。
こういった状況の中、経済産業省では、2025年までに既存のITシステムを廃棄や塩漬けにするなどの仕分けをし、刷新を進めることにも言及している。このような取り組みなどを通じて、DXを推進することで、2030年に実質GDPを130兆円超に押し上げするための「DX実現シナリオ」を描いている。
DX実現シナリオでは、ユーザー企業が取るべきアクションとして、2020年までにシステム刷新の経営判断を行い、後ほど紹介する「見える化」指標による診断と仕分けや「DX推進システムガイドライン」を踏まえたプランニングや体制構築、さらにはシステム刷新計画策定、共通プラットフォームの検討などの必要性を示している。
また、2021年~2025年を「システム刷新集中期間(DXファースト期間)」とし、経営戦略を踏まえたシステム刷新を経営の最優先課題として計画的なシステム刷新を断行するように提案。
さらに、不要なシステムの廃棄や、マイクロサービスの活用による段階的な刷新、協調領域の共通プラットフォーム活用などでリスクを低減していく対策を推奨している。
これらにより、ユーザー企業がこれまでの技術的負債を解消して、人材や資金を維持し、保守業務から新たなデジタル技術の活用にシフトする。
データ活用などを通じてスピーディな方針転換やグローバル展開への対応が可能になるというのだ。
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