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  • 2017/01/27 掲載

出版異変! 西野亮廣『えんとつ町のプペル』現象に書籍販売は何を学ぶべきか

スマホ時代の文化構築

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2017年1月19日、お笑い芸人のキングコング西野亮廣(絵本作家にしのあきひろ)氏の25万部を突破するベストセラー絵本『えんとつ町のプペル』が突然、無料で公開された。ベストセラー本の無料化は、出版業界からすると既存のマネタイズ方法の「死」を意味する。しかし、無料で公開してからも、Amazonや楽天ブックスでさらに売れ続け、ランキングでは1位をキープすることとなった。この現象、あるいは騒動から、歴史的な文化装置とも言える「書籍販売」は何を学び、スマホ時代はどのような文化装置・プラットフォームが勝者となるのだろうか?

ITジャーナリスト 神田 敏晶

ITジャーナリスト 神田 敏晶

ITジャーナリスト、KandaNewsNetwork代表。神戸市生まれ。ワインの企画・調査・販売などのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の編集とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送局「KandaNewsNetwork」を運営開始。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部で非常勤講師を兼任後サイバー大学客員講師、ソーシャルメディア全般の事業計画立案、コンサルティング、教育、講演、執筆、政治、ライブストリーム、活動などを行う。

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無料公開され賛否両論を巻き起こした『えんとつ町のプペル』
(出典:CAMPFIRE発表資料)

『えんとつ町のプペル』はすべてが異例の挑戦ばかり

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無料公開された『えんとつ町のプペル』冒頭
(クリックでSpotlight.comの該当ページへ)
 2,000円で発売されている絵本が突如、インターネットで無料公開となった。

 無料公開された書籍というと、佐藤秀峰氏の漫画『ブラックジャックによろしく』が知られているが、連載終了後から6年半経過してから無料化されたケースだ。また『ワンパンマン』など、もともとWebで無料公開していた漫画や小説をパッケージ化して大ヒットとなった例は、近年増えている。

 にしのあきひろ(西野 亮廣)氏の『えんとつ町のプペル』(幻冬舎)の無料化が特徴的なのは、もともと比較的高単価で販売していた絵本を、発売からわずか3か月程度で無料化したことにある。書籍出版で3か月というと、通常なら初速の売れ行きを見つつ、返本数を予測し、重版するかどうかを判断するような時期だ。

 有料の電子書籍化ですら、アナログ書籍の売れ行きに影響することを懸念して、アナログの売れ行きが落ちついてから発行されるというパターンが多いこのご時世に、このタイミングで無料公開だから異例中の異例だ。

 そもそも、この『えんとつ町のプペル』は無料化に限らず、異例づくしの絵本である。まず、作者がお笑い芸人であるキングコング西野 亮廣氏という点。ただし厳密には、作画のクリエイターたちと、4年間にわたる歳月をかけて完成させたチーム作品である。

 それだけでなく、資金調達にインターネットを通じたクラウドファンディングを活用し、3293人から1,013万円を集めた点。さらに、原画展覧会もクラウドファンディングで資金を集め、入場無料で開催した。このときは6257人から、なんと4,637万円も調達することに成功している。

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絵本制作・出版の資金はクラウドファンディングで調達され、最終的に3293人から1,013万円を集めた
(クリックでWESYMの該当ページへ)

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6257人から4,637万集めた、個展を入場無料で開催する企画

 販売においても全国の書店やAmazonといった通常の販路だけでなく、「自分のネットショップ」が簡単に作れるWebサービス「BASE」(ベイス)で専用ページを作成し、自らサインを書いた限定バージョンを販売する、という手法もとっている。

全ページ無料公開と言う名のフリーミアム化

 こうした異例づくしの『えんとつ町のプペル』が、2017年1月19日に突然、全ページ無料公開されたのだ。

 無料公開といっても、「絵本」というパッケージで読む体験は、Webで読むものと味わいかたがまったく違う。このサイトを見れば、「書店で手にとってみたい」という気持ちになってもおかしくはない。

 単なる文字情報の羅列の電子書籍であれば、アナログの本というパッケージの意味はあまり感じないが、絵本となるとページをめくった場合のインパクトや文字のレイアウトや紙質なども気になる。つまり、無料公開されたことによって、絵本版の所有欲を高めることとなっている。

 実際、無料公開後も、Amazonや楽天ブックスを確認すると売れ続けていることが分かる。そして、ユーザーレビューは賛否両論で溢れている。ビジネス手法に対してもいろいろな意見が伺える。

担当編集に聞く、幻冬舎はなぜ無料公開にGOを出したのか?

 通常、出版社が書店や出版状況を鑑みて絵本作家に依頼し、絵本は制作される。もしくは絵本作家が出版社に企画を通して出版される。

 しかし、クラウドファンディングで企画し、版元(出版社)を決めてプロデュースするとなると、版元とのチカラ関係も大きく変わったことだろう。発売するまでにクラウドファンディングで調達した資金を合計すると、のべ9550人が5,650万円。平均一人あたり5,916円も支援していることになる。

 『えんとつ町のプペル』の発行部数は、現在23万部を超え、25万部、さらに増え続けるのではと言われている。本体価格にもよるが、1万部売れれば成功と言われる現在の出版業界の事情からすると、とってもありがたい状況に見える(特に絵本というジャンルでは、1万部売れれば大ヒットだとも言われている)。1冊2,000円とすると5億円のビジネス。西野氏の印税が仮に10%だとすると、5,000万円だ。

 それを突然、ネットで無料公開してしまったのだ。

 版元である幻冬舎は、なぜ無料公開を許したのだろうか? 幻冬舎の西野氏の編集担当に直接、伺ってみた。

「西野さんから無料公開のアイデアを伺ったときにプロモーションとして成立すると感じました。ご覧になられるとわかると思うのですが、Webと絵本とでの情報はかなり違います。絵本を買われるお母さんたちは、絵本の内容をしっかり把握されてからご自分のお子様の絵本をお選びになられるのです。

 また、印刷のインクも5色刷りであり2色は特色を使っているので、Web媒体で閲覧するのと絵本を読むとかなり違うと感じられます。文字もすべて黒の白抜きなので、Webとの差別化は十分になされていると自負しています」(西野氏の担当編集)

 なるほど…。絵本ならではのマーケティング的な側面も考慮された、ネット無料公開だったのだ。

芸人だからこそ「自腹で1万部」でも初版部数にごだわった

 Amzonでは、これから発売される本を3か月前から予約することができる。しかし自ら予約サイトを作れば、販売価格さえ決まれば、もっと早い時期から予約を取ることもできるのだ。

 西野氏は、4年前から絵本を制作を開始している。そこで予約サイトを自ら作り、販売1か月前にはすでに1万部の予約を取りつけ、1万部を自ら買い取り、結果として初版1万部の予定が3万部まで上積みされての大型出版にこぎつけたのだ。

 なぜこれだけ初版発行部数にこだわったのか。おそらく、初版の勢いで話題になった場合、欠品になってしまい、次の重版が届く前に人気が落ちることを恐れたからだ。『はねるのトびら』など、若くしてゴールデン帯でのテレビ番組を持った芸人だからこそ、人気が水物であり、「売れる」タイミングを逃すことの恐ろしさを肌で知っていたのかもしれない。

 反対に版元にとっての最大のリスクは、6か月ほど経過してからの返本だ。そのために「自腹で1万部」を初刷増補の交渉材料とし、初版3万部を勝ち取り、その結果が25万部のヒットへと繋がった。

【次ページ】 『えんとつ町のプペル』現象に何を学ぶ? 「書籍販売」という歴史的な文化装置から、スマホ時代の文化装置へ

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