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- 2016/01/22 掲載
「フレームワーク型」の孫子、「事例積み上げ型」の韓非子を読み比べよ
現代のビジネスに「孫子の兵法」を活かす(後編)
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「最小の組織」である「夫婦」にすら、真の「道」をもたらすことは困難である
韓非子が「法による支配」の重要性を説く根拠とした世界観について、それを端的に説明する一節がある。衛の人で、夫婦でお祈りをするものがいた。そこで、(その妻が)願をかけて言うには、「わたしたちが無事でありますように。百束の布が授かりますように」。その夫が「なんと小さい願いだな」と言うと、妻は答えた、「これより多いと、あなたがお妾を買うかも知れません」
(韓非子 内儲説下 六微)
社会的・経済的な成功を望むにあたって、妻と夫では目指すところが随分違うという、ちょっとした小咄のようなエピソードだ。
韓非子は、孫子と違って、フレームワークよりも事例の積み上げを重視した書である。理論的な部分は老子をベースとしながら、故事を丹念に拾い集め、章の数だけでも五十五を数える長大な作となっている。様々な国の興亡、名臣の貢献や裏切り、名君と暗君との違い、様々な物語が語られるなかで、この引用部分は、そのなかでも最もスケールが小さい例であろう。国家が世の中の組織における最も大きな単位だとすると、夫婦は世の中の組織における最も小さなものである。
逆説的ではあるが、その小ささにこそ、韓非子という著作の本質が見て取れる。
人が二人集まれば、そこには組織が生まれる。二人の組織ですら、立場が異なれば、求めるものや目指す方向が変わってしまう、国家ともなればその困難さは比較にならない、ということを説いているのである。
では韓非子の理想とする「夫婦の組織化のあり方」とは、一体いかなるものだったのだろうか。韓非子のなかに、奇しくも、孫子の最大のライバル、呉子のエピソードを収録している箇所がある。
呉起は衛の左氏の地内の人である。その妻に組ひもを織らせたが、その幅がきまりよりも狭かった。
呉子はそれを作りなおさせた。妻は「承知しました」と言ったが、できあがってそれを計ってみると、やはりきまりにあっていない。呉子がひどく怒ると、その妻は答えた、「わたしは初めに縦糸を張ってしまって変えられないのです」。呉子は妻を離縁した。
(韓非子 外儲説 右上)
組ひもを織らせて、そのサイズがあっていないからといっていきなり離縁である。極端にもほどがあるというものではないか。
【次ページ】「道」は人々や社会を動かす原理原則を見抜いてこそ、実現される
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