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- 2011/12/16 掲載
イノベーションのカギを握る「Exit」戦略:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(37)(2/2)
ネックとなる相手を変えられない不自由さ
ただし、これらの特徴は短所に変わり得る。社内調整のための時間ロスはそのひとつだ。合議制の下では、最終意思決定者ではない中間段階での合意が重視され、複数の関係者が相互に依存しあって物事を決めていくため、責任と権限の関係が不明瞭になり、専門性や効率性を高める努力が低下する傾向も生まれやすい。こうした短所は、部門間で意見の相違があったり、利害が相反したりする場面で顕在化する。社内の意見調整と合意形成に貴重な労力と時間が割かれている間に、ライバル企業に市場を奪いとられてしまうからだ。メインフレームからパソコンへの転換でみられた1980年代中盤のIBMや1990年代以降の日本のエレクトロニクス企業の苦い経験だ。
パソコン部門がメインフレーム部門との調整を抜きに、銀行からの資金調達や販売店との営業活動を進められればよいのだが、範囲の経済性を発揮する総合企業では、意見の溝が埋まらない場合も、勝手に行動を開始するわけにはいかない。財務部門や営業部門とのやりとりは、スイッチ構造(=代替取引)がない社内取引(=固定取引)なのだ。
これをHirschman (1970)のExit-Voiceという枠組みでとらえるとわかりやすい。状況を変えるためには、声(Voice)を出して社内交渉を続けるしかなく、交渉をやめて別の相手を探すという退出(Exit)行動が選択できないということだ。Exit戦略がとれず、Voiceを出すしかないという制約の下では、特定の取引相手(社内における特定の部署や人物)が関所のようにネックとなって身動きが取れなくなる。形式的に複数企業であっても、100%子会社などのグループ企業は、同様の不都合が起きやすいので注意が必要だ。
「選択の自由」による「新結合」の可能性
それでは、複数の外部企業同士がつながっている連携の経済性はどうだろうか。個々の企業は、それぞれ得意分野に特化した専門企業であるため、規模の大小にかかわらず総合型企業に比べると内部構造の複雑さは軽減されるだろう。また、相互に連携しているとはいえ、ひとつひとつの企業は独自に主体的な意思決定ができるため、自律的、分権的な関係といえる。これは、予定調和型の組織原理とは違った市場原理の関係だ。魅力のない企業は結果的に淘汰されて良いものだけが残るという意味で、総合型企業の内部とはまったく対照的な調整メカニズムが働く。
さらに、複数企業の連携という特徴から、外部取引が盛んになり、多くの選択が可能なように開放的で標準化された仕組みが形成される。そこでは、市場を通じた社会的分業によって個々の企業の専門性がうまく発揮できるという特徴に加えて、取引相手が特定される内部取引とは異なり、意見の相違や対立があった場合には、別の相手との取引に切り替えることも容易だ。
これは、合意の形成に行き詰まった場合に、時間をかけて粘り強く説得するVoiceだけではなく、各組織の主体的な意思決定で既存の取引関係からExitし、新たな取引を迅速に開始する道が用意されていることを意味する。つまり「選択の自由」があるのだ。この特徴をうまく活かせば、新規性と多様性をとりこんだ「新結合」型のイノベーションが生まれやすくなる。
もっとも、選択の自由があるということは、裏を返すと、相手がExitを選択する自由もあるわけで、取引相手からみてこちら側に魅力がなくなれば、直ちに取引関係を失うリスクが高くなる。範囲の経済性のような内部扶助や総合力による安定性はなく、優勝劣敗といわれる厳しい市場の選別に晒されることになるのだ。
景気や市況の動きに左右されて、頻繁な合従連衡が繰り返されると、継続した安定的な関係が維持されないため、技術やノウハウをラーニング・バイ・ドゥーイング型で伝承、蓄積、共有することも難しくなるだろう。ここでも、長所と短所がコインの裏表であることに変わりはない。
ネット時代に可能性を広げるのは何か
このように、範囲の経済性と連携の経済性には、それぞれ一長一短があるが、重要なのは、これらの経済性を発揮する企業というプレーヤーの舞台装置=市場が、IT革新によって大きく変化していることだ。ITのなかった時代には、散在する個人(ピア)が市場を通じて社会的分業を行おうとすれば膨大な費用を要した。連載の第28回でみたように、この費用を節約し内部資源化することで分業の威力を最大化するのが「企業の本質」だ。だからこそ、必要な経営資源をすべて囲い込んで統合するフルセット型の「自前主義」の時代には、「範囲の経済性」を発揮できる大企業が有利であった。
しかし、その仕組みが技術革新で揺らぎ、外部の経営資源と連携した相乗効果が、今では零細企業や個人(ピア)にまで広がり、新たな価値連鎖を求めてイノベーションの試行錯誤が繰り広げられている。確定した成功の方程式があるわけではないが、Tapscott & Williams(2006)の豊富な事例からは、この大変化の躍動感が伝わってくるようだ。
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