• 2010/08/25 掲載

【連載】国際的差異を踏まえた新たなグローバル戦略論「AAA戦略」(ゲマワット)

林 倬史研究室(国士舘大学政経学部)+井口 知栄研究室(慶応大学総合政策学部)

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グローバル企業にとって、国ごとの差異を認識し、経営資源をクロスボーダーに移転、再編成することによって組織能力を再構築していくことは喫緊の課題となっている。昨今、注目が集まるAAA戦略はこうした課題に的確に応える。M.ポーターを抜いて史上最年少でハーバードビジネススクールの教授に抜擢されたP.ゲマワットの同戦略について、考察する。

国際的な差異を活用するグローバル戦略への転換

 この連載で検討してきた経営戦略や競争戦略論は、企業間の競争優位をベースにしてきた。また、M.ポーターによるFive Forces論をベースとした競争戦略論(本連載シリーズ第1回)は、先進国での市場構造や行動が前提となっている。したがって、そこでは均質化された市場環境のもとでの同一コンテキストに基づく経営資源の認識とマネジメントが理論の前提となる。しかし昨今、急速に台頭するBRICsといった新興経済圏に、先進国型経済と同質の均質化された市場やビジネス環境は存在するのだろうか。

 従来、企業がグローバル展開をする場合、大なり小なり、程度の差はあってもPEST(Political Economic Social and Technological)分析を行い対処してきた。しかし、従来の国際経営戦略論は、そうした国ごとの違いを取り込んで精緻化された理論として発展してきたとは言えない。それに対して、本稿で考察するAAA戦略(ゲマワット)は、国際的な差異を取り込むことによって適切な国際経営戦略を展開していく理論的フレームワークを提供している。その中心的理論は、P.Ghemawat(2007)によって書かれた書籍『Redefining Global Strategies』に集約されているといえよう。

 この本の出発点となる問題意識は次の点にある。すなわち、従来の国際経営戦略論を大別すると、一方は、「いまや世界市場は均一化したグローバル市場である」とする国際的な差異を無視したいわゆるグローバル戦略論、他方は、「海外地域市場の差異や特殊性にこそ戦略的意味がある」として「ローカルに考え、ローカルに行動する」ローカル戦略論であった。前者は、現地化を否定し、本社に権限を集中するアプローチであり、後者は権限の現地委譲による現地化アプローチである。

セミ・グローバリゼーション時代の国際経営戦略

 しかしながら、グローバルな規模でビジネスを展開する企業がどちらか一方の戦略だけに固執した場合には、どれもうまくいったためしがない。そこで、あえてグローバリゼーションという用語を用いるとすれば、現実の世界の状態は、セミ・グローバリゼーションというべきだろう。それでは、このセミ・グローバリゼーションに適合した国際事業戦略とは一体どのように理論化すべきだろうか。

CAGE フレームワーク

 世界がセミ・グローバリゼーションの状態にあるということは、依然、国境間には無視できない大きな差異(Cross-border differences)があることを意味する。ゲマワットはこの差異の度合いを、4つの側面(Dimennsion)から分析し、統合化する。4つとは、文化的(Cultural)、制度的・政治的(Administrative /political)、地理的(Geographical)、そして経済的(Economic)。それぞれの側面の頭文字をとって、CAGEフレームワークとして提起し、これによって国ごとの戦略的差異を認識する必要性を説いている。ゲマワットは、グーグルやウォルマート等の事例を用いて、海外での戦略、とりわけ中国やロシアでの不成功の諸要因をCAGEフレームワークを用い説明している。例えば、両社がこれらの諸国で苦労した差異として、文化的差異としての言語的隔たり、制度的差異としての検閲のような制度的・政治的枠組みの隔たり、地理的差異としての時差や物理的隔たり、そして経済的差異としての資金決済に要するインフラの未整備等が例示されている。これらを図式化すると、図1のようになる。

画像
図1.CAGEフレームワーク

P.Ghemawat(2007), pp.40-45, 訳書,72-78頁より作成


 図1に示されているような、国ごと、地域ごとの差異(隔たり)は、産業や製品特性ごとにも存在する。例えば、半導体のようなCulture-freeな特性を有する製品の場合と、化粧品や食品のようなCulture-specificな製品とでは明らかに文化的差異は異なる。同様に、政治的・法的差異に関しても、軍事・交通・電力・情報・天然資源のような国家的に戦略的意味を有する産業部門ほど制度的規制が大きくなる。地理的隔たりによって影響を受けやすい例は、単位価格が低い割に重量がかかるいわゆるバルキーな輸送コストのかかる製品がその典型である。最後に、経済的な隔たりは、供給サイドからの賃金コスト水準、および需要サイドからの所得水準が基本的な要素である。事業を国際的に展開するにつれて、こうしたCAGEフレームワーク総体からの競争優位性の比較が不可避となる。
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