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- 2024/08/03 掲載
「生成AIの精度はそれほど高くない」と誤解している人が陥る“残念すぎる結末”
進化著しい生成AI、苦手領域で金融アナリストに匹敵も
これまでもAIによる雇用喪失懸念は繰り返し議論されてきたが、懸念の声はさらに増大している。大企業におけるAI導入の流れが加速していることも、懸念増大の要因となっている。CNN(2024年6月20日)が報じたデューク大学の調査によると、米大企業の61%が今後1年以内にAIを導入し、これまで従業員が行っていた業務を自動化する計画であることが明らかになった。サプライヤーへの支払い、請求書作成、財務報告など、幅広い業務の自動化が計画されている。
ChatGPTが登場した2022年11月時点では、生成AIの精度はそれほど高くなく、企業での導入は限定的だった。しかしその後、生成AIは急速な発展を見せ、最近では特定領域において人間に近いパフォーマンスを発揮できるところまで進化を遂げた。精度の大幅な向上により、当初はAI導入を躊躇っていた企業でも、導入を進めるケースが増えているのだ。
シカゴ大学研究者らによる論文でも、生成AIのポテンシャルの高さが示されたところ。
シカゴ大学の研究チームは、OpenAIが開発した最新の大規模言語モデル(LLM)であるGPT-4を使用して、企業の財務諸表分析を行う実験を実施。その結果、GPT-4は将来の収益成長を予測する能力において、人間のアナリストを上回る性能を示したというのだ。
特筆すべきは、GPT-4がこの高い性能を発揮したのが、標準化された匿名の貸借対照表と損益計算書のみを与えられた状況だったこと。つまり、テキストによる文脈情報が一切ない状態でも、GPT-4は高度な分析を行うことができたのである。
研究チームは、GPT-4に「思考の連鎖」と呼ばれるプロンプトを与えることで、人間の金融アナリストの分析プロセスを模倣させた。この手法により、GPT-4は傾向の特定、比率の計算、情報の統合を行い、予測を形成することができた。
その結果、GPT-4は将来収益の方向性を予測する精度において60%の正確性を達成し、人間のアナリストの予測範囲である53~57%を上回ったという。
従来、数値分析は言語モデルが苦手とする領域であり、しばらく人間のパフォーマンスを超えることはないというのが通説だったが、今回の研究でその説が覆された格好となる。
AIによる雇用喪失の実例
上記シカゴ大学の研究で使用されたGPT-4モデルは「GPT-4 turbo」で、研究当時は最新バージョンであったものと思われるが、その後OpenAIは、このGPT-4 turboを超えるGPT-4oをリリース、また競合のアンソロピックもGPT-4oを超えるClaude 3.5 Sonnetをリリースするなど、さらに優秀なモデルが複数登場している。このように短期間で目覚ましい進化を遂げる生成AIのポテンシャルに加え、インフレによるコスト削減圧力などの要因により、企業のAI導入は加速の様相だ。
Tech.coが2024年3月12日に伝えたところでは、インドのEコマース企業Dukaanは、カスタマーサポートスタッフの90%を自社開発のチャットボットに置き換えたという。同社CEOは、この決定を「厳しいが必要不可欠」とし、チャットボットの導入によりカスタマーサポートコストを85%削減、顧客の待ち時間を大幅に短縮できたと主張している。
テック大手の一連のレイオフもAIによる影響が指摘されている。
グーグルは、2024年に入ってから数回のレイオフを実施。これに関して、Dukaanのように直接的にAIによる人員削減との表現は使用されていないが、同社でのAI活用が本格化した時期とレイオフの時期が一致するため、AIによる人員削減と見られているのだ。主なレイオフ対象となっているのは、広告部門といわれている。同部門ではAIによる業務効率改善が進められているという。
同様に、セールスフォースも、2024年初頭に700人(全従業員の約1%)をレイオフしている。これは、前年に従業員の10%を削減した措置に続くものだが、同社もこれらの人員削減がAIと直接関連していることを公表していない。しかし、同社の採用予算が減少する一方で、AIへの投資が増加していることから、AIの影響が疑われているのだ。
Dukaanと同様に「AIによる影響」を明言する企業もある。
TechCrunch(2024年1月9日)の報道によると、言語学習アプリDuolingoは2023年末に契約社員の約10%を削減し、コンテンツ翻訳にAIを活用する方針を打ち出したの。同社の広報担当者は、これらの契約終了の一部が「AIに起因する」と説明、人間の労働力をAIに置き換える意向を示したとされる。
Duolingoは、OpenAIのGPT-4を使用して文章の翻訳を行い、その後、人間の専門家がアウトプットの品質を検証するプロセスを採用。また、プレミアム会員向けのサービスであるDuolingo MaxでGPT-4を活用し、AIによるフィードバックや会話練習用のチャットボットを提供している。
この動きに対し、契約社員やDuolingoユーザーからは懸念の声が多数上がり、業界全体にどのような影響が出るのかにも関心が注がれるようになっている。日本でも漫画の大量翻訳にAIを活用するプロジェクトが立ち上がったが、これに対して日本翻訳者協会が懸念を表明するなど、日本国内でも注目される懸念事項となっている。
一方で、スウェーデンのIKEAのように、AIの導入を従業員のスキルアップの機会として捉える企業も存在する。IKEAは、コールセンター業務をAIボット「Billie」に置き換える一方で、影響を受ける従業員を再教育し、インテリアデザインアドバイザーとして育成する計画を立てているのだ。AIの導入が必ずしも雇用喪失につながるわけではなく、新職種の創出や従業員の能力開発機会にもなり得ることを示唆する事例といえるだろう。 【次ページ】1930年代、過去の技術革新と雇用の議論を振り返る
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