- 2006/10/31 掲載
【田中秀臣氏インタビュー】日本の経済問題の突破口をもとめて
経済政策を歴史に学ぶ
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田中秀臣(以下、田中):私は、安倍氏の経済政策に対しては、基本的に期待を持っています。具体策が欠如しているという指摘は、確かにその通りなのですが、小泉氏に比べてかなり「穏やか」なものだという認識です。安倍氏は小泉氏の「成長戦略」や「財政再建」を踏襲してはいますが、極端な構造改革は避けています。
----極端な構造改革を避けるとは、具体的にはどういうことを意味していますか。
田中:小泉政権は「構造改革で財政再建」をするというイメージが強いのですが、財政収支を見てみますと、「中立」的な立場を取っていました。公共部門の支出の変動により、景気がぶれるのを避ける政策をとっていたという意味です。
安倍氏も国債の新規発行高を制限するとは言っています。政府は急速な増税は避ける方向に向かっていますし、小泉氏と比較してもかなり穏やかな政策をとる可能性が高いと思います。
いま日本経済に一番重要なことは、名目経済成長率を安定させることだと考えています。そのためには、下振れリスクを拡大させないように、財政の舵取りをする必要があるのです。
----安倍政権の経済政策に課題があるとしたら、どういった部分になるのでしょう。
田中:人材ではないでしょうか。小泉前首相に殉じるかたちで竹中前総務相が参議院議員の職もあわせて辞任表明したのは記憶に新しいところです。しかし、竹中氏が去っても、政策ブレーンは残っています。今回、抜擢を受けた大田弘子経済財政担当相は、いわば「竹中チルドレン」のひとりです。内閣府特命顧問で慶応大学教授の島田晴雄氏と共著もありますし、小泉政権では内閣参事官でした。財務省内で、竹中氏に近いとされていた高橋洋一氏も安倍氏が新政権の目玉として導入した「首相官邸スタッフ公募制度」に応募しています。
そういう意味では、小泉政権の経済政策ブレーンがそのまま安倍政権にも取り込まれているので、そこからどのような政策が打ち出されていくかは注目しておきたいです。
----田中さんは、安倍政権の経済政策には賛成なのですか ? 反対なのですか ?
田中:政権はスタートしたばかりですので、現時点ではどのような政策をとるのか見えてこない部分もありますが、大枠の方向性には賛成しています。彼らのスタンスは、財政再建を、実質経済成長率や名目経済成長率を安定化させることで、税収を改善させ、財政再建をしていこうという人たちですから。私は財政再建を現状で政策の最重要テーマにすること自体に疑問符を打ちますが、それでも安倍政権が成長戦略を採用すること自体は評価するという立場です。しかし、実際問題として、成長戦略の鍵は「金融政策」になりますが、金融政策は政府の所管事項ではなく、日本銀行が担うものです。もし可能であるならば、政府は「経済財政諮問会議」を使って財政再建を行い、日本銀行の金融緩和を継続して物価安定経路に経済を乗せるコミットを行う「政策アコード」を結ぶことが重要だと思いますが、実際は違います。
日本銀行が来年にでも金利を引き上げたがっているのは、福井日銀総裁の発言を見ていればほぼ間違いないでしょう。現在の状況では、政府は日銀の政策を止めることは事実上できません。ここには、二律背反的な部分が生じるのですが、国民経済全体を考えると政府が介入してでも止めた方がいいのですが、「介入した」という前例を残してしまうと日銀の独立性が保てなくなってしまいます。この状況を打破するためにも「政策アコード」は重要な意味を持つと思います。現状では公の場で政策の協調がはっきりしているというよりも、例の福井総裁のスキャンダル以降、政治からの隠微ともいえる影響が懸念されているのではないでしょうか。
----景気回復という言葉を最近よく耳にしますが、私たち生活者にはまったく実感がありません。日本経済は本当に良くなっているのでしょうか。
田中:景気はいまのところ上向いています。その影響で、税収が改善してきており、国債の格付けも良くなってきています。またなによりも失業率が改善してきました。若年者の雇用も同じく改善の傾向にあります。しかし他方で世間では「格差社会」や「階級社会」などの話題が注目を集めています。しかし『経済政策を歴史に学ぶ』の中でも述べましたが、いま話題になっている「格差問題」は構造的な問題ではありません。格差社会とは、人々の将来への期待が不安定化したためにデフレが長期持続したことがもたらした問題です。構造改革で対処するのではなく、金融を中心としたマクロ経済政策で対応すべきなのです。
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