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- 2005/12/01 掲載
リアルオプションと戦略の柔軟性
慶應義塾大学大学院助教授 岡田正大氏:
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慶應義塾大学大学院経営管理研究科助教授
岡田正大 【プロフィール】
はじめに
これまでの企業経営においては、ともすると、不確実性やリスクとは好ましくないもの、企業価値を減少させるかもしれないものと認識され、可能な限り回避すべきだと考えられることが多かった。だが、近年注目されているリアルオプションという発想によれば、不確実性やリスクは対処の仕方によって、逆に企業価値を高める源泉や機会となり得る。本稿では、このリアルオプション手法が、企業価値の増大を企図した戦略策定における視点/視座として重要な要素を含んでいることを指摘したい。
なお本稿では、読者の方々のリアルオプションに関する予備知識がゼロであると想定し、理論的な厳密性よりも実務的な有益性を念頭に置いて論を進める。
不確実性とリスクの違い
リアルオプションの前提となる「不確実性」という概念は、元をただせば、「ある事象の確率分布〈※注1〉が不明であること」を意味する(Knight 1921(※注2))。たとえば、あるプロジェクトから得られるリターンとしてのキャッシュが1億円超である確率が90%なのか20%なのか何なのかもよくわからない、ということだ。これをKnightは真性不確実性と呼んだ。一方、似て非なる概念として「リスク」がある。これは、事象が取り得る値が発生する確率を客観的に測定でき(例:サイコロを振って「1」の目が出る確率は6分の1)、よって確率分布が明らかで、たとえばそれに基づいて保険商品を設計可能になるような場合を言う。この「リスク」を不確実性と称する場合もある。この場合、リスクとは、結果として得られる事象(たとえば利益)の値の変動の大きさ(ボラティリティもしくは標準偏差)として定義される。
たとえば、ある2つのプロジェクトAとBから得られる利益金額帯ごとの確率分布が図1のようだとすると、明らかにBのほうが(変動幅が大きいという意味において)リスクの大きなプロジェクトと言うことになる。一方、真の不確実性の下では、このような確率分布さえ不明なので、不十分な情報の下で「主観的に」確率を予想して意思決定するしかない、ということになる。
リアルオプション法を用いて実際にオプション価値(後述)を加味した投資価値を計算する場合、ある投資がもたらすリターンに確率を付与するか、ばらつき具合(ボラティリティ)を数値化する必要がある。たとえば確率を付与する場合、現実には限られた情報の下で主観的な確率付与を余儀なくされることが多い。そしてそこには「情報の非対称性」(特定の情報を知っている者と知らない者がいる)が存在する。この事実は、「経営戦略の視点としてのリアルオプション的発想」(後述)と重要なかかわりを持つことになる。
(図1) 2つのプロジェクトAとBの確率分布

(※注1)
確率分布とは、ある事象(例えば研究開発投資によって得られるリターンとしてのキャッシュ)が取り得るすべての値に1対1で対応する発生確率のリストである。この場合、確立の合計は当然ながら1.0(100%)になる。
(※注2)
Knight, Frank H. 1921. Risk, Uncertainty, and Profit. Hart, Schaffner, and Marx Prize Essays, no. 31. Boston and New York: Houghton Mifflin.
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