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中外製薬はデジタル技術によってビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターを目指す「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を2020年3月に発表、3つの基本戦略に沿ったビジネス変革を推進している。そのキーパーソンである中外製薬 執行役員 デジタル・IT統轄部門長の志済聡子氏に、戦略実行に向けた組織改革や、全社データ利活用基盤「Chugai Scientific Infrastructure(CSI)」をはじめとするIT投資戦略について聞いた。
聞き手:編集部 松尾慎司 構成:編集部 渡邉聡一郎 執筆:阿部欽一
聞き手:編集部 松尾慎司 構成:編集部 渡邉聡一郎 執筆:阿部欽一
ヘルスケアのトップイノベーターを目指し2つのIT部門を統轄
──中外製薬の企業理念をあらわすミッションステートメントでは、目指すべき姿として「ヘルスケア産業のトップイノベーター」と定められています。中外製薬を現在取り巻く環境について、まずは聞かせてください。
志済聡子氏(以下、志済氏):新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックをはじめ、私たちは地球規模での環境や社会システム等の変化に直面しています。こうした変化の中、医薬品のR&Dの生産性は年々下落しているのが現状で、その改善に向けて創薬へのデジタル技術活用に大きな期待が寄せられています。
当社は医療用医薬品で国内有数のシェアを有していますが、ビジネスの強みは独自の創薬技術力、サイエンス力を有している点にあります。2002年には、スイスのバーゼルを本拠地に置くロシュ社と戦略的アライアンスを開始し、ロシュ製品の国内独占販売と自社製品のロシュを通じたグローバル展開が可能になりました。
関節リウマチ治療薬「アクテムラ」をはじめ、複数の自社創製品のグローバル展開により、売上・収益に占める海外割合も年々、増加傾向にあります。
──志済さんが統轄しているデジタル戦略推進部・ITソリューション部の役割について教えてください。
志済氏:デジタル戦略推進部は、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進のための組織で、2019年10月に新設されました。全社のデジタル戦略を一元的にリードする組織であり、ITに強い人財だけでなく、さまざまな部門から集められた、当社ビジネスに精通する若手、中堅のメンバーを中心にアサインされています。
もう1つのITソリューション部は2019年に情報システム部から改組されたもので、経営戦略をITの面から推進する組織です。
デジタル戦略に基づく戦略実行の企画、実践をデジタル戦略推進部が担います。そうして立ち上がったプロジェクトについて、ITシステム構築以降のフェーズをITソリューション部が担当します。
中外製薬の目指す、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」とは
──「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」について教えてください。
志済氏:全社を挙げてDXを推進するには、それぞれの本部や社員が何のためにデジタルに取り組むのか、腹落ちしている必要があります。そこで、会社として目指すべき姿をデジタルによって後押しする目的で、全社共通のゴールとして策定したのが「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」です。
このビジョンは、大きく3つの柱から成ります。
- デジタルを活用した革新的な新薬創出
- 全てのバリューチェーン効率化
- デジタル基盤の強化
最終目標は革新的な新薬創出です。この前提として、全てのバリューチェーンの効率化とデジタル基盤の強化を掲げています。
「デジタルを活用した革新的な新薬創出」には、当社のコアとなる創薬力、サイエンス力を強化するためにAIやデジタルの活用が不可欠という思いがありました。
そのために、「全てのバリューチェーン効率化」により、各部門・各機能のプロセスの大幅な効率化を目指します。そして全てのベースとして「デジタル基盤の強化」を掲げています。IT基盤はもちろん、組織文化までデジタル化を浸透させることが、DXの成功には不可欠であると考えたためです。
──公開されているDX実現のロードマップの中には「革新的なサービスの提供」というのもありますね。
志済氏:テクノロジーの進展によって、オンライン診療やePRO(electronic patient-reported outcome:電子的な患者報告アウトカム)などが今後進んでいくことが考えられます。獲得したデータから新たな知見を得て、新しいビジネス、サービスに広がっていく可能性を示したもので、具体的な姿は、今後のDXの取り組みの中で見えてくると考えます。
AI創薬への挑戦、「RWD」をどう生かすか
──3つの戦略の柱について具体的にお聞きしていきます。まずは「デジタルを活用した革新的な新薬創出」について教えてください。
志済氏:特に注力しているのは「AI創薬」の取り組みです。当社は抗体医薬品に特に強みを有しているのですが、抗体の創薬プロセスには、アミノ酸配列の膨大な組み合わせの中から、最適なものを見つけデザインしていく工程があり、ここにAIを活用します。パターン学習や予測モデルを利用し、候補抗体の取得や最適化と効率化ができるよう進めています。
加えて、創薬研究の分野では膨大な病理画像を分析するプロセスがありますが、画像解析はAIが最も力を発揮する領域の1つです。さらに、自然言語処理を活用した論文検索に対してもAIの活用が期待されます。これらの領域においてもAIの活用に着手しており、創薬プロセス全体の生産性を高めていくことを目指しています。
──データの活用についてはいかがですか。
医療の現場において、治療方針や最適な治療の判断などの意思決定を支援するためにデータが使われることが考えられます。過去のデータから治療の決定に役立つデータを提供することや、治験薬の承認申請プロセスにデータを活用し、申請プロセス全体を効率化していけないか、といったことを現在検討しています。
そこで重要になるのが、臨床試験のようなコントロール下にない、電子カルテの情報や診療報酬のデータなど日常医療の環境から収集した各種データであるRWD(Real World Data)、そしてRWDから得られるRWE(Real World Evidence)です。
我々中外製薬はRWDを提供する会社のデータを分析・活用する取り組みをすでに行っています。その1つが、中外製薬と同じくロシュ・グループに属し、数百万人のがん患者の治療レコードを集積する米国のフラットアイアン・ヘルス社のデータです。今後も、有望なデータ提供元を積極的に開拓、活用していくつもりです。
──RWDでは、精度にばらつきがあると思いますが、その点はどのように考えられていますか。
志済氏:精度向上はRWDの最大の課題の1つだと認識しています。医療の電子レコードにはさまざまなものがありますが、中には断片的なデータしかなく、連続的にデータが蓄積されていないケースもあります。すぐには解析できないデータを、予測技術などを用いながらいかにクレンジングしていくかは、創薬に限らずデータ活用に取り組むすべての業種に共通する課題だと考えています。
【次ページ】データ利活用基盤「CSI」構築、技術選定は現場目線で
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