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ブランドエンゲージメントの高いカスタマーを獲得し、収益の最大化を図る施策として「CX(カスタマーエクスペリエンス)」「NPS(ネットプロモータースコア)」「DMP(データマネジメントプラットフォーム)」といったトピックスを目にするようになり久しい。しかし、その実践にあたっては、多くの企業が苦戦するケースも少なくない。顧客中心主義の戦略において、デジタルで得られる膨大なデータはどのように扱われるべきなのか。2017年10月17日に開催されたアドテック東京2017にて、「カスタマー中心のデータマネジメント」について語ったOro Analytica CEOを務めるThoryn Stephens氏のキーノートよりレポートする。
重要なのは、顧客データを利益獲得や顧客ロイヤリティ最大化につなげること
顧客なしにブランドは成り立たない。しかし、ブランドに対しすべての顧客が“平等”にエンゲージしているとも限らないのが現実だ。顧客のデジタルシフトは進んでいるが、デジタルチャネルのみでリーチできるオーディエンス、獲得できる利益には当然限界もある。デジタルネイティブのミレニアルズ・Z世代もオーディエンスに加わり、レガシーとされている手法を、逆に新鮮に受け取る層も存在する。
顧客データの収集・分析や複雑な処理も、技術的には効率よくオートメーションで行うことが可能になっているが、多くのことを語る情報を得たうえで、どのようなアクションを起こすことが、より継続した利益の獲得や顧客へのロイヤリティの最大化につながるのだろうか。
登壇したOro AnalyticaのCEO Thoryn Stephens氏は、直近まで衣料品ブランドアメリカンアパレル(American Apparel)のチーフデジタルオフィサーを務め、Web、モバイル、ユーザーエクスペリエンスなどのデジタル領域をグローバルでマネジメントしてきた経験を持つ。企業の成長と戦略開発において、顧客の行動データがどれほどの鍵を握るのかを、現場での実践を通じて目の当たりにしてきた人物だ。
顧客中心主義とは?
さまざまなデジタルソリューションを通じ、何が自社や自社の顧客にとって最適なのか地道に検証を行ってきた中でも、「顧客中心主義(カスタマーセントリシティ)」の考え方はとても重要だという。
顧客中心主義とは、ピーター・フェーダー氏の著書からその一節を訳すと、「会社の長期的な財務的価値を最大限に引き出すために、選択された顧客の現在および将来のニーズに合わせ、企業の製品およびサービスの開発と提供を調整する戦略」のことだ。そのポイントは次の3つだ。
・RCV(Rearized Customer Value)
顧客にとっての価値を実現する。
・RLV(Remaining Lifetime Value)
残りの顧客生涯価値をはかる。
・CLV(Customer Lifetime Value)
顧客1人あたりの生涯価値を最大化する。
つまり、自社にとって将来的にロイヤルカスタマーとなり得る顧客をオーディエンスの中からターゲティングし、そのプロフィールに合う、潜在ニーズを満たしそうなサービスを提供する。それによってブランドエンゲージメントの高い顧客を選び出し、その生涯価値を高めることに経営資源を集中させるという考え方で、これに当てはまらない一般顧客向けには、受けられるサービス自体をも限定する。
主に米国の製造・小売業での導入を経て、生涯に渡る顧客との関係づくりが肝となる金融業界や保険業界のIT経営戦略として導入される事例も増えつつある。
ブランドエンゲージメントの高いロイヤルカスタマー戦略には、購入総額や来店頻度などの係数によってステータスランクを設け、そのステータスに応じた特典を提供することで、さらなる囲い込みと売上拡大を実現する「ロイヤリティプログラム」もあるが、それとは少し異なる。
「顧客中心主義を導入する上で問題となるのは、顧客データや技術の不足ではなく、この戦略を実施可能とするオフラインも含めたマーケットインサイトが不足していることです。ターゲットとなるオーディエンスを理解することはもちろん、購入意欲を高めるための提案能力も必要ですし、提供するサービス・コンテンツの適切なセグメンテーションとターゲティングも行います。もちろんリピーターの確立も不可欠です」(Thoryn Stephens氏)
スターバックスとドミノピザに見る顧客中心主義の成功事例
「将来の収益の80%は既存顧客の20%がもたらす」(出典:Gartner Group and "Leading on the Edge of Chaos", Emmett C. Murphy and Mark A. Murphy)という一節も、ロイヤルカスタマー戦略においては、よく知られている。
ブランドにとって、すべての顧客がまったく同じ顧客ではないことは感覚として理解できる。「ブランド目線」で言及すると、将来にわたって大きな価値をもたらしてくれる顧客と、それほど価値をもたらさない顧客、実にいろんなタイプの顧客が存在する。
それは必ずしもポジティブな意見ばかりではない。データとして表面的には出てこないもの、ネガティブなものも含め「ブランドに興味を持っている」ことにはなる。何をしても無関心な人を振り向かせることは困難だ。
Thoryn Stephens氏は、成功事例としてスターバックスを取り上げ、同社のモバイルペイメントアプリの施策を紹介した。
「アプリの中のオーダー&ペイボタンを押して店舗に行けば、誰とも話すことなく、現金に触ることもなく、飲み物をそのまま受け取って帰ることができます。スターバックスは、顧客の生涯価値をモバイルエクスペリエンスを通じて見出すことに最も成功した企業といえます」(Thoryn Stephens氏)
スターバックスの平均的な顧客の生涯価値は、およそ1万4千ドル(160万円)。これは顧客あたりの利益率を21%とし、20年間育て続けた場合の試算になる。改めて見るとインパクトの強い数字だ。
オーダーしたメニュー、カスタマイズ、頻度や傾向など、モバイルを通じて顧客ごとのデータマネジメントをすることで、どの顧客がロイヤルカスタマーかセグメントし、そこにスペシャリティなサービスを提供する。個別にカスタムされたメッセージでレコメンドするなど、アナログ施策とオンライン施策をクロスしたアプローチが可能になる。
こうしたイノベイティブな取り組み自体が業界内外で話題となり、あらゆる側面からブランドに対してのアテンション、視聴率が高まることになる。ブランドが投資して育てるべき顧客や施策、パートナーシップを見出すためにも、デジタルやモバイルエクスペリエンスのトライアウトで収集・分析されたデータは、大いに活かされることになる。
ドミノピザの事例も紹介された。デジタルチャネルを活用する以前に、そもそもの商品自体の質はどうなのか、という根本的な問題からメスを入れることで、ブランドに対するアンチの好転反応も得た。まるで魔法使いにでもなったかのような気分にさせてくれるTwitterオーダーでは、ミレニアルズをネットプロモーターに巻き込むことに成功している。
「ドミノピザはかつて、ケチャップをつけた段ボールのような味ともいわれる悪名高きピザでした。そこでまずCEOが取り組んだのは製品を改善することで、そこからさまざまなデジタルチャネルを活用するようになりました。最終的にIoTの開発、ピザの宅配車まで登場しました。このボタンを押せばピザが届けられるというコンセプトは、Amazon Dashとも似ています」(Thoryn Stephens氏)
「ドミノピザの株価推移から見れば、彼らにとってこれらの戦略は大成功でした。顧客から見ればピザ会社ですが、マーケティングそしてテクノロジーがそれをラッピングしているかのような存在になったのです。現在はグーグルをも上回る株価でトレードされるような銘柄となりました。これは本当にすごいことだと思います」(Thoryn Stephens氏)
この2社の事例を目にする方も多いかもしれないが、このようにメディアで幾度となく成功事例として語られ続けることも長期的なPRに繋がる。デジタル変革は誰もやったことがないからこそ、チャレンジャーに有利に働くものなのだ。
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