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- 2016/02/23 掲載
「孫子の兵法」のビジネス書には載っていない? フレームワーク「五事七計」の真実
ビジネス書には載っていない「孫子の兵法」の真実(前編)
「孫子の兵法」関連のビジネス書には載っていない真実
今回は、なぜ、孫子「計篇」の冒頭を「五事七計」と称するのか、ということを考えてみたい。というのも、あらためて岩波文庫版で原文・書き下し文を読むと、「これを経(はか)るに五事をもってし、これを校(くら)ぶるに計をもってして、その情を索(もと)む」とある。原文には、「七計」などという言葉は一度足りとも登場しないのだ。
では一体誰が「七計」と言い出したのだろうか。金谷治訳注「新訂 孫子(岩波文庫)」によると、桜田本にのみ「七計」との表記がされていた、とある。
桜田本とは、仙台藩の儒者、桜田景迪が出版した「古文孫子」のことである。桜田家に秘伝の書で、魏武注孫子よりも古いものだと自ら述べているが、真偽のほどはよくわからない、といことが定説になっている。
もし、オリジナルの孫子自身は「五事七計」とは一切語っていなくて、後世の人はそこを勘違いして「孫子=五事七計、孫子=五事七計・・・」と諳んじていたとしたら、それはどこか滑稽な光景である。
「七計」だろうが「計」だろうが、どちらでもよい、と人は言うかもしれない。確かに筆者もそう思う。そもそも孫子とは、その原書のシンプルさゆえに、数多の「兵法家」が解釈をし、註釈をつけ、ああでもないこうでもないと編集を繰り返されてきたものであり、この一点だけを取り上げてどうのこうのと言ったところで、重箱の隅をつつく感は否めない。
しかしあえてここでなぜそこにこだわるのかというと、「五事七計」という口当たりのよいフレーズに、いかに我々が「分かった気にさせられているか」ということを明らかにしたいがためである。
「五事七計」というと、何か素晴らしいフレームワークがそこにあるような印象を持つ。しかし実は、原文をちゃんと読んでいくと、「五事」と「七計」が何をどう意味するものなのか、よくわからなくなってしまうのである。
迂遠なアプローチに思えるかもしれないが、孫子「計篇」を、「とにかく細部に拘って読んでみる」ということに、お付き合いいただきたい。
「五事七計」は、一見スマートでも「雑」な理論?
「五事」とは次の五つである。(1)道・・・民をして上と意を同じくせしむる者
(2)天・・・陰陽・寒暑・時制
(3)地・・・遠近・険易・広狭・死生
(4)将・・・智・信・仁・勇・厳
(5)法・・・曲制・官道・主用
一方、「七計」と呼ばれているものは次の七つである。
(1)主いずれか有道なる
(2)将いずれか有能なる
(3)天地いずれか得たる
(4)法令いずれか行なわる
(5)兵衆いずれか強き
(6)士卒いずれか練いたる
(7)賞罰いずれか明らかなる
これと「五事」の関係性について、ふと考えだすと、まったくもってよくわからなくなる。内容に重複が多すぎるのである。
重複というよりも、「五事」で語られていることは「七計」に包含されている。これが単純な包含関係ならば、「五事=基本設計」「七計=詳細設計」といった理解が可能になり、それなりにわかりやすいのだが、しかしこれが、なかなか一筋縄ではいかない構造をしている。
ポイントは3つある。第一が、「七計」にあって「五事」にない要素がある、ということだ。「主」「兵衆」「士卒」がそれである。「将」もそうであれば、「五事と七計の違いは、人の要素を考慮するかどうか」、ということになり、わかりやすくなるのだが、残念ながら、「将」は両方で挙げられており、この違いが一体なにを意味するのか、すぐには思いつかない。
次のポイントは、「五事」では「天」と「地」が区別されているのに、「七計」では「天地」としてひとつの概念にまとめられてしまっている点である。
最後に、もっとも複雑なのは「法」に関わる部分だ。「五事」では「曲制(組織編成・軍法規)・官道(人事制度)・主用(後方兵站)」の整理がされているが、「七計」の方では、ざっくりと「法令はどちらが徹底しているか」「賞罰はどちらが明確か」としている。これこそ、両者が単純な包含関係にないことを示すポイントである。
これらの微妙な差異は一体何なのだろうか。モデルというには要素がうまく整理されておらず、雑の極みともいえる。はっきり言えば、「五事七計」というワンフレーズを何らかのフレームワークとして考えるということは到底不可能な話なのである。
【次ページ】「五事七計」が本当にフレームワークとして雑なのか
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