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- 2015/07/29 掲載
塾に行っても結果が出ない娘… その体験から生まれたイー・ラーニング研究所
イー・ラーニング研究所 吉田 智雄氏インタビュー
教育産業への関心のきっかけは「娘の塾選びが失敗したこと」
──まずはイー・ラーニング研究所設立の経緯について教えてください。吉田氏:実は一度、まったく違う分野で起業しています。会社員を8年間経験して、30歳目前に5人の仲間(いずれも経営者経験のある人物)と共に、指紋認証システム搭載のタイムレコーダーを活用した給与計算の代行システムを扱う会社を立ち上げました。
ですが、経営方針の違いなどからうまくいかず、私は独立することになりました。そんなとき、当時中学生の娘が塾に通うことになったのですが、結果的にはあまりうまくいきませんでした。なぜかというと、娘が通った塾は進学塾。娘は学校で分からないことを塾で教えてもらおうと思っていたのに、学校よりもさらに進んだ授業が行われていたのです。塾のミスマッチング、これがそれまで妻に任せっきりだった子どもの教育に、私が関心を持ったきっかけです。
また時を同じくして、教材事業を営んでいる友人から「デジタル教材を作ったので見てほしい」と言われました。それを見た私は「デジタル教材であれば、一人で学習できるし、周りのペースに合わせる必要もない。分からないところから始められる。実年齢実学年も関係ない」と大きな可能性を感じました。
──デジタル教材による学習スタイルの方が、勉強しやすいと感じる子どももいるだろうと。
吉田氏:日本の学力測定方法は、「理解する」ことより「覚える」ことで点数が取れるんですよね。eラーニングなら、時間と場所を選ぶことなく勉強できるので、覚えることに最適な反復学習手段に向いていますから。
ですので、当時は暗記に特化した道具というイメージで始めたのです。というのも、日本の学習スタイルの場合、先生は覚えないといけないところを伝えることと、生徒が覚えたかどうかをチェックすることが仕事になっているのです。「理解する」を「覚える」に置き換えて評価しているわけです。それで評価されるのであれば、時間や場所を問わないeラーニングで電子ドリルを提供すれば面白いのでは、と考えたのです。あくまでも補助教材としての役割で、学校や塾の代わりになるとは、当時は思っていませんでした。
──当初から幼児や高校生、社会人向けなどのコンテンツ提供を考えていたのでしょうか。
吉田氏:そうです。幼児の情操教育から小・中・高生向けコンテンツなど、ラインアップを揃えていこうと考えていました。
事業に勢いが付いたのは、2003年に幼児向け情操教育コンテンツ「フォルス音感育脳システム」の提供を開始したこと。取引銀行から「面白いコンテンツがあるのだけど、吉田さんのところで売れないだろうか」と紹介されたのです。同コンテンツは絶対音感を持つ先生が作り、監修者が「大人の計算ドリル」や「脳を鍛える大人の音読ドリル」の著者である川島隆太先生。これがヒットし、今では幼小中高、さらには社会人向けコンテンツを提供するまでになりました。
日本では学んできたことが仕事に生かされない。それが問題
──現在の教育業界が抱えている課題について教えてください。吉田氏:日本では高校まで進学すると12年、大学に進学すると16年学びます。それだけ膨大な時間とお金を投資したにもかかわらず、そこで学んだことを社会に出て使うことは非常に少ない。少ないからこそ、忘却曲線に則って忘れていく。つまり、ほぼ忘れていくことにお金と時間を費やしているのです。ここが日本の教育が抱える最大の課題だと、私は考えています。
──確かにそうですね。学生時代に、将来の職業まで考えて勉強することはなかなかありません。
吉田氏:そもそも、なぜ勉強するのでしょうか。いい会社に入るためでしょうか。お金を稼ぎたい、世のため人のために役立ちたい、美味しい料理を人に食べてもらいたい、世界をまたにかけて活躍したいとか、いろいろ夢を抱きます。それを叶える手段が弁護士やプロサッカー選手、パティシエ、銀行マン、商社マンなどの職業に就くことだと思うのです。
では、小学生が15年後にその職業に就くためには、今、何を勉強しないといけないのか、逆算していくわけです。そうすると明日、何をしなければならないのか見えてきます。このような考え方を学べる場も当社では企画しています。それが「子ども未来キャリア塾」です。これが事業として成り立つのか、情報収集のため試しに4回ほど開催しましたが、回を増すごとに参加者が増えています。親も知るきっかけさえあれば、子どもの教育に関して高い関心を持っているのです。
そしてもう1つ、現在の教育が抱える課題だと感じるのが、「正解主義教育」に陥っている点です。これが、学力低下の一番の要因だと思っています。日本では「3+2=」という問題を出し、「5」と答えると正解になるという教育をしがちです。でもそうではないやり方もあるはず。「4+1など、5になる計算は他に何がある?」といった、5になるパターンを問う教育が大事なのです。
なぜなら、社会に出ると、1つの問いに対して正解はいくつもある、ということはざらにあります。そしていくつもの正解の中から、今のケースに一番フィットするものを答えることが求められます。正解主義の教育では、1つの答えが見つからなかったら、そこで思考が止まってしまうのです。
──そういう思いが、御社の事業ビジョンにも反映されているわけですね。
吉田氏:当社をはじめ、さまざまな企業が学習コンテンツや学習サービスを提供していますが、その中に悪いものはありません。どれも、やりさえすれば成果が出るものばかりなのです。
しかし、その「やりさえすれば」が難しい。高額なものであればやってみよう、続けてみようと思っても、手を出しづらい上、長続きしません。だからこそ私たちは「『教育の水道哲学』をもって、すべての人々が幸福で暮らしやすい社会を創造する。」という理念を掲げて、事業を展開しているのです。
──「教育の水道哲学」ですか?
水道哲学とは故松下幸之助氏の経営哲学で、蛇口をひねれば日本中、どこでもきれいな水が出るように、安価で高品質なものをすべての人に提供していくということ。つまり誰もがやってみたい、続けてみたいと思えるような品質の高い教育コンテンツを安価に提供することです。その結果、行き着いたのが無償化です。ベーシックなコンテンツに関しては無償化していくべく、今、大胆に舵を切っているところです。
【次ページ】 ITのビジネスモデルにシフト、コンテンツの無償化に取り組む
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