• 2011/05/17 掲載

大震災の経済学を展望する――復興のための論点は何か:経済学者 田中秀臣氏論考(3/3)

『震災恐慌! 経済無策で恐慌がくる!』共著 田中秀臣氏

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日銀とデフレについて考える

 さて、震災復興向けの国債発行としてそれをどのように消化するかである。市中消化、政府が決議して新発債を直接に日本銀行が引き受ける、というものである。他に竹田陽介(2011)による「GDP連動国債」がある。もちろん市中消化でも日銀の直接引き受けでも同じ効果が発生する(浜田[2011])。

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『経済政策を歴史に学ぶ』

 ただし、前者は(デフレや過度なインフレを避けるインフレ目標などの導入といった)日本銀行法の改正や、(日本銀行がかねてから否定している)アコードが必要であり、いままでの日本銀行の姿勢や法改正の手間を考えると政策コストが大きそうではある。それに対して後者は、国会の議決ですむ。ただし日本銀行法の改正も同じ手間でしかないと考えれば前者と後者は同じ政策コストですむだろう。このとき復興のための新発債で25兆円あるいはそれ以上(岩田[2011]では初年度10兆円、それ以後5年間で総額40~50兆円)を日本銀行に直接引き受けさせる。

 「新発債への適用は日銀引き受けによる歳出拡大に歯止めが利かなくなることから疑問視されてきたが、「震災被害推計額の半分」といった限定を付ければ、それが恒常化する懸念は薄い」(飯田[2011])。

 「半分」という限定でなくてもいいのではないだろうか。恒常的に国会が復興を理由にして日本銀行に新発債を引き受けさせる政治的な理由がわからないからだ。よほど不合理な政府を除いて。また飯田(2011)が「半分」としたのは、短期的(初年度の10~15兆円)は直接引き受け、残りの年度で総計30~40兆円の残額を支出する際の財源は(増税しても民間需要にプラスの影響があるとされる)相続税増税によるとするものである。

 対して、規模がそれ以上であっても岩田(2011)らは、復興政策は財政政策と同時に金融緩和政策の役割を果たし、それが政府の税収の改善をもたらすことで、震災向けの国債の返済期間を長期化させれば、自然と返済可能だ、とみる見解である。私は岩田らに組みしている。もちろん私も頑固な国債調達オンリーではないし、そのような頑迷な論者は少数だろう。相続税増税が民間需要に本当にプラスの効果を与えるのか、あるいは、浜田(2011)のように消費税を毎年1%10年間引き上げて行く政策を採用すれば本当に(駆け込み需要増などで)景気に悪影響がないのならば、積極的に採用するべきであろう。もっとも後者については私の観察では駆け込み需要の後の反動が大きいように思う。

 ところで日本銀行の直接国債引き受けが円の信認を失墜させてしまう、という批判はよく耳にする。その信認の程度もさまざまであり、インフレから高い恒常的なインフレ、さらにハイパーインフレーションにまで及ぶ。ハイパーインフレーションについてはただの誤解でしかない(田中[2004]参照)。この誤解の指摘の中で最も厳しい批判は、高橋(2011)によって行われている。高橋洋一は、以前の著作(高橋[2010])でも以下のようなことを書いていた。

「「国債整理基金特別会計」とは、国債の償還や利子の支払いに備えたお金を管理する特別会計です。(略) 現在のような為替状況(円高)にときに国債の繰上償還もせずに抱えている資金を、私たちは「埋蔵金」というのです。繰上償還すれば国債買切オペ(市場に流通する国債を日銀が買い取り、資金を供給するオペレーションのこと)になるので円高対策になります」。

 高橋(2011)では、この国債整理基金特別会計(古典的な減債基金)の剰余金10兆円を利用しての復興資金の調達方法を指摘していて説得的である。また、高い恒常的なインフレ(具体的にはひとケタ後半とか二桁が中長期に続く場合)はどうだろうか? これを防ぐ手法としては、飯田論文での議決案さらには、より有効的にはインフレ目標の導入などが考えられる。そもそもこの恒常的な高いインフレが、復興資金の財源問題で生じるとは思われない。

 さらに低いインフレはむしろデフレ経済が震災にとってマイナスであるならばこれは避けるべきことではなくむしろすすんで実現すべき問題である。そのために震災復興の国債を大量に発行して消化することは望ましい。さらにデフレと円高とは、いまの日本経済では表裏一体の関係なので、これも円安となって震災後の経済の負担をはるかに軽減するだろう。

 また、増税や国債発行、既存支出の振りかえなどではない復興資金の調達方法もさまざまな論者によって提起されている。興味深いのは、藤井良広(2011)の環境債を用いたものだ。しかしこれが目下の政策の財源調達として即時に可能だろうか? 新しい資本市場が創設されるまでの時間を復興が待ってくれれば、この手法も(総需要不足を悪化させない)他の手法とともに相互補完的かもしれない。

 今回は、震災後の経済論戦を主にマクロ経済に絞って考察した。まだ判断保留している論点もある(特に環境債は一段と理解したい論点だ)。またミクロ的な論点、原田論説の4)から6)にわたる部分については、原発問題との関連も含めて論じる必要があるだろう。それについては別稿に譲る(real Japan.orgのサイトに投稿する予定)。今回、論点を整理して思ったのは復興経済にとって重要なのは、やはり震災前がデフレ不況にあったことであり、その影響と今回の大震災の復興とは不可分な関係にあるということだ。少なくともデフレ脱出は望ましい復興のための環境を準備することは間違いない。

◆参考文献

・飯田泰之(2011)「復興資金の調達はリレー方式で」『Voice』5月号
・石橋湛山(1925)「低利資金供給策」『石橋湛山全集』第5巻、194-8頁。
・岩田規久男(2011a)「震災からの経済復興-これから何をするべきか」(webちくま)
  → http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/sp_shinsai/index.html
・岩田規久男(2011b近刊)『経済復興―大震災後の再建のために』(仮題)筑摩書房。
・小野善康(2011)「〈復興を問う〉内閣府経済社会総合研究所 小野善康所長「雇用維持へ時限組織必要」産経ニュース4月5日
  → http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110405/fnc11040520300016-n1.htm
・片岡剛士(2011)「浮沈の鍵は財政・金融のポリシーミックス」日本経済研究センター4月6日講演要旨
・清滝信宏(2011)「懸念は財政、金融政策で名目賃金の上昇を(インタビュー)」日経ビジネスon line、4月11日
  → http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110404/219303/
・田近栄治(2011)「(経済教室)連帯の証し、消費税上げで」『日本経済新聞』4月13日(復興財源を考える2)。
【お詫びと訂正】 記事初出時、田近栄治氏のお名前を誤って表記しておりました。お詫びして訂正します。
・上念司(2011)「いますぐ、必要なのは国債20兆円の発行だ!」『月刊宝島』6月号、32-35頁。
・高橋亀吉・森垣淑(1993)『昭和金融恐慌史』講談社学術文庫
・高橋洋一(2010)『バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる』光文社新書。
・高橋洋一(2011)「「復興増税」論の隠された意図を暴く「通貨」の信認と「国債」の信認の正体」
  → http://diamond.jp/articles/-/11994?page=4
・高安秀樹(2011)「(経済教室)未体験の事象が連鎖」『日本経済新聞』4月7日
・権丈善一(2011)「震災復興と社会保障・税の一体改革両立を」『WEDGE』2011年5月号
・竹田陽介(2011)「(経済教室)「GDP連動国債」発行を」『日本経済新聞』4月14日(復興財源を考える3)
・竹中平蔵(2011)『日本経済こうすれば復興する』アスコム
・田中秀臣(2004)『経済論戦の読み方』講談社現代新書
・田中秀臣(2010)『デフレ不況 日本銀行の大罪』講談社
・田中秀臣・上念司(2011近刊)『震災恐慌』(仮題)宝島社。
・土居丈朗(2011a)「復興財源は復興国債と所得税で、税・社会保障一体改革と同時に」『週刊ダイヤモンド』4月9日号、60-61頁。
・土居丈朗・池尾和人・岩本康志(2011)「(特別鼎談)日本復興計画」『ダイヤモンド』4月30日・5月7日合併号。
・畑農鋭矢(2011)「(経済教室)財政再建、成長回復が必須」『日本経済新聞』4月25日。
・林敏彦(2008)「検証テーマ『復興資金―復興財源の確保』」
  → http://www.disasterpolicy.com/Project/recovery/No2_0816/fukkouzaigen.pdf
・林敏彦(2011)「(経済教室)」『日本経済新聞』3月21日
・浜田宏一(2011)「(経済教室)一層の緩和でデフレ打破」『日本経済新聞』4月27日。
・原田泰(2011a)「経済史が示唆する正しい復興策 実質負債増と円高の阻止が肝要」『週刊ダイヤモンド』4月23日号。
・原田泰(2011b)「震災復興論議に欠けていること」東京財団HP forthcoming
・藤井良広(2011)「(経済教室)民間資金の活用、環境債で」『日本経済新聞』4月18日(復興財源を考える5)。
・森信茂樹(2011b)「震災復興財源は所得税と法人税の付加税で調達せよ」『週刊エコノミスト』5月10日号、26-27頁。
・ロバート・J・バロー(2010)『マクロ経済学』(谷内満訳)センゲージラーニング株式会社
・若田部昌澄(2011)「日本は復興できる」モーニングサテライト3月28日
  → http://www.tv-tokyo.co.jp/nms/shincyouryu/post_1000.html
*なお、片岡剛士、高橋洋一、原田泰の各氏の震災復興関係の論述は膨大である。それらについては私のブログでまとめたので参照されたい。
  → http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20110421#p1
●田中秀臣(たなか・ひでとみ)
上武大学ビジネス情報学部教授。専門は日本経済論、日本経済思想史。AKB48などのアイドル、韓国ドラマやマンガ、アニメなどのサブカルチャーに関する著作や論文も多い。
著書に『雇用大崩壊』(NHK生活人新書)、『不謹慎な経済学』(講談社)、『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)、『偏差値40から良い会社に入る方法』(東洋経済新報社)、『デフレ不況』『AKB48の経済学』(ともに朝日新聞出版)など。
共著に『エコノミスト・ミシュラン』(太田出版)、『日本思想という病』(光文社)、『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)がある。
Twitter:@hidetomitanaka
ブログ:Economics Lovers Live


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