- 2009/06/11 掲載
逆境をチャンスに変える!米倉誠一郎氏が語る中堅中小企業経営者への提言(後編)(2/2)
ITが今後のビジネスや社会変革を考える上で重要なのはいうまでもありませんが、これを今までの話の延長線で少し考えてみましょう。
日本は今急速に高齢化が進んでいます。身体の不自由な人や病気の人も、それに比例して増えていきます。そういう点では、ITは今後いろいろ便利な可能性をもたらしてくれるはずだし、企業がそこに新しいビジネスモデルを提案する余地は充分にあります。
日本の電力料金が高いのはなぜかご存じですか?これは、真夏などの一瞬のピーク時に停電させないために、過剰ともいえる設備をそろえているからなのです。そのコストが料金に添加されて、価格につながっているのです。
そこで、設備投資を抑えるために、ピークを下げるという発想転換を図ってみましょう。たとえばITを使ってコントロールする。電力消費量が発電力の限界に近くなると、ネットワークを通じて自動的に全部のエアコンの温度設定を1度下げるとか、電灯の明るさを2ルクスだけ落とすだけで、ピーク抑制にはものすごい効果があるはずです。ユーザーにとってはわずかな変化ですから、大きな不自由を伴うこともありません。「日本の電気は高くて当たり前」と思いこんでいないで、「ならばピークを下げて安くしよう」へ発想をシフトする、その発想はITがあれば実現できるのです。
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たとえば学校での「ワン トゥ ワン エデュケーション」。大勢の生徒に一人の先生が同じコンテンツを教えるという教育システムは、いまだに僕が小学校に通っていた頃と変わっていません。
しかしデスクトップパブリシングや、オンデマンド印刷などの技術を使えば、生徒一人ひとりに合った教材やビジュアル素材の活用などが簡単にできるようになりました。優れたインターフェイス、つまり読みやすい本であれば、子どもにとって勉強は楽しく、簡単になるはずです。同時に、学校の先生は忙しくなる一方な状態を、こうしたITによってサポートすることで、教育の質を下げずに済むのです。中小企業がこうした地域のコミュニティ活動に向けたサービスを考えていくという道も、充分に考えられるのではないでしょうか。
学校以外にも、看護師さんはハードな仕事なため、慢性的に人手不足と過重労働に悩んでいます。この勤務シフト計画や管理をITで行うことで、生産性と看護の質を向上させていける可能性は高い。そもそも日本のサービス業は概して生産性が低いのですが、これをITによって向上させていく必要があります。その点でもITを応用したサービスソリューションというビジネスチャンスはありすぎるほどです。
僕の提唱する「新しい資本主義」では、従来のようなマーケットシェアは意味がありません。マスを相手にしたマーケティングというのは、言ってみれば暗闇で猟銃を撃つようなもので、当たればもうけものといった考え方に過ぎない。
これから大事なのは、「カスタマー リレーション」です。顧客一人ひとりのニーズをきちんと見きわめて、それにふさわしいサービスを提供することで、リピーターを確実にフォローしていくことが必要です。ここでもITは重要なキーテクノロジーになります。
とくにハードウェア/ソフトウェアの価格が大幅に下がったことは、中小企業にとってIT活用を容易にしてくれています。リピーター管理といっても、昔はおそろしく高価なデータベースを買わなくてはならず、中小規模のビジネスではとても見合わなかった。しかし今やかなり大容量のデータベースだって、PCや小型のサーバーで充分です。このテクノロジーを活用して、「ワン トゥ ワン マーケティング」を行えば、攻めのマーケティングができるようになります。
攻めのマーケティングという意味では、いましきりに言われているビジネス・インテリジェンス(BI)というのも、非常に有効なツールになり得ます。BIには大きく分けて2つの意味合いがあります。一つは「情報収集」です。これは文字通り、さまざまな情報を分析して、ビジネスのパフォーマンス向上に必要な情報を集めていくことですね。
しかしBIで本当に大事なのは、もう一つの「自分で考え、情報発信していくこと」です。情報を集めただけでは、何も新しいものは生まれません。集めた情報をもとに自分たちの頭で考えて、今何が求められているのか、それなら何を提案すればよいのかを見きわめ、世の中に向けてメッセージとして発信することこそが、創造的な仕事のあり方です。そう考えると、BIを用いて企業ができることはこれからまだまだあるし、そこを究めていくことは大変有意義だと思います。
昨今は不況、不況とみんなうつむきがちですが、歴史を見ると、こういう大きな不況はイノベーションが生まれる時代でもあります。1970年代のオイルショック不況では、それまで日本の基幹産業だった重化学工業が打撃を受けましたが、その一方で石油に依存しない機械組み立て産業に比較優位が生まれました。
同じように今度の不況でも、幻想の金融資産が人々を翻弄する旧来の資本主義が終わり、皆がそれぞれに実のある生産を行う「新しい資本主義」が生まれるのではないかと期待しているのです。
もちろんまだこの先どうなるかは誰にも見えていませんが、少なくとも「使い捨て」、「大量生産・大量消費」のパラダイムはなくなります。そして、付加価値が高く耐久性のある消費財と、SaaS・クラウドコンピューティング的な、柔軟性の高いサービスが主流になっていくでしょう。今、「富裕層マーケティング」とか言っていますが、まったく馬鹿げています。今は、底辺にいる人たちをどうマーケティングして消費を活性化し、景気浮揚につなげるかを考えるべき時なのです。
私が塾長を務めている「日本元気塾」というプロジェクトも、お互いの暗黙知を共有しながら、一人ひとりがイノベーティブになっていくことを目指しています。ここでは単にマーケティングなどの教育を施すのではなく、日本に元気を取り戻すにはどうしたらいいかという真剣な想いを伝える場にしたいと考えています。
そうした「熱い想い」、本当に日本をよくしたいという熱意があれば、定額給付金なんてもらって喜んではいられないはずです。総額2兆円あったら山手線内29、中央線24、京王線32の駅に最高のサービスを提供する保育園にそれぞれ235億円投資できるのですよ。日本中の主要駅850にしたら23億円ずつです。 それだけの育児環境ができれば、労働者人口が減っていく中で、育児で家に引っ込んでいた女性を活性化していけるし、雇用は広がるし、活力ある社会の基盤になるのです。
米倉 誠一郎 氏 プロフィール 一橋大学社会学部、経済学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程終了後、ハーバード大学にて歴史学の博士号を取得。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセスを専門とし、ベンチャー経営者だけでなく多くの経営者から熱い支持を受けている。季刊誌『一橋ビジネスレビュー』編集委員長、六本木ヒルズにおける日本元気塾塾長でもある。 |
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