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- 2009/10/29 掲載
【鈴木光司氏連載】「知的思考力」とは何か:(1)世界の仕組みについて
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知的思考力<1> 世界の仕組みについて
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理論物理を知らないからといって、直接、生活に困るような自体は生じません。では、物理は専門家のみを対象とする学問で、素人には無用の長物なのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。物理を理解している者の強みは、確かにあるのです。世界の仕組みを理解しているか否かによって、物事を判断する基準が変わってくるからです。
全5回のエッセイでは、科学分野を含め、物事の原理をわきまえていると、仕事や人間関係、人生全般において、どのような利点があるかについて、語ってみたいと思います。これまで物理とあまり縁のなかったみなさんにとって、目から鱗の体験になってもらえたら嬉しいかぎりです。
『らせん』で分子生物学、『ループ』で人工生命、最新作の『エッジ』では理論物理と数学を中心テーマに据えてきたせいか、理系作家と呼ばれることが多いのですが、ぼくの育ちは完全に文系、文学部フランス文学科の出です。なぜ科学に興味を持つかといえば、常に「世界はどのようにできていて、人間とはいかなる生き物であるか」という問いを発しつつ答えを探求しようとする態度が、小説を執筆する上で重要であると信じているからなのです。
『エッジ』の執筆にかけた労力は多大でした。まちがいなく、これまででもっとも苦労した作品であると断言できます。しかし、別の側面から見れば、テーマをじっくりと考える機会が与えられて幸運であったともいえます。執筆という目的がなければ、過剰な粘着力をもって思考し、果てもなく妄想することはなかったでしょう。
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