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  • 2009/07/30 掲載

【日本型コーポレートガバナンスを求めて】顧客満足とコーポレート・ガバナンス

顧客の支持を得られない“品質”には、何の意味もない

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コーポレート・ガバナンスとは、狭義には経営者の暴走を阻止する仕組みや不正防止のシステム構築を指す。しかし、CSR(企業の社会的責任)を重視し、嶋口教授の提唱するビューティフル・カンパニーを志向するためには、より幅広い視野でこの問題を捉える必要がありそうだ。嶋口教授は、長期的な視野に立って企業の株主価値を高めるためにも、顧客に愛される企業づくりが不可避であると強調する。今回は、そのための方法論について掘り下げた。

マーケティング・マッスルを実践する方法論が、これからは重要

法政大学大学院<br>イノベーション・マネジメント研究科教授 嶋口充輝氏
法政大学大学院
イノベーション・マネジメント研究科
教授 嶋口充輝氏
─これまでコーポレート・ガバナンスについて、いろいろとお話を伺ってきましたが、コーポレート・ガバナンスには顧客の存在も忘れられません。企業としては顧客の声に耳を傾け、そのニーズやリクエストを吸い上げ、商品開発に活用するだけではなく、内部統制や社員教育にも生かしていくことが今後ますます重要になってくると思われます。その点はいかがでしょうか。

嶋口●
たしかに、コーポレート・ガバナンスは内部統制や不正防止という範囲に留まらず、もっと広い範囲で今後はとらえる必要があると思います。日本のリーディングカンパニーの動向を見ても、これまで株主価値向上の視点から利益率を重視してきましたが、最近は成長なき利益ではダメだという観点から売上の増加にその力点を移しつつあります。新たな成長に向け売上を増加させるには、顧客のニーズを組織に取り込み浸透させることが必要です。そのため、改めて顧客満足という古くて新しいテーマを見つめ直そうとする企業も現れています。顧客満足やお客様第一主義を唱える企業は従来から多いわけですが、本当にそれが組織の隅々まで浸透して、実践されているかというと、現実には極めて疑問なわけです。

 また、利益のみを重視すれば、どうしてもコーポレート・ガバナンスがゆがみ、不正も起こるという傾向があります。顧客視点に基づいて売上を伸ばすということは、現在のビジネス環境、厳しい市場の目を意識すると同時に、CSR(企業の社会的責任)という側面を抜きには考えられないという点も指摘できます。

 そういった点から見ても、顧客志向、顧客基点の経営というものは、コーポレート・ガバナンスの観点からも重要な課題として改めてクローズアップされるわけです。

─先生は、マーケティング・マッスルの時代を提唱なさっていますが、この考え方は、こうした傾向と密接にかかわっていると思えるのですが。

嶋口●
そのとおりです。マーケティング・マッスルとは、頭でだけエレガントな戦略を考えても意味はない。もっと顧客志向の組織能力を高めて、筋肉質の企業になろうということを言っています。改めて説明すれば、まず顧客や市場から情報を取り込む。それを組織全体で共有して、スピーディに対応策を発揮していくということです。いかに顧客と一体になって共存共栄的に成長していくか、そしてそこから得られた知見をどのように組織で学習して次の発展に結びつけていくかが問われます。

 とはいえ、マーケティング・マッスルの重要性を唱えることはできても、それを実行していくことは簡単なことではありません。しかし、このサイクルをうまく回していくことが、コーポレート・ガバナンスの実効性を高めるためにも、極めて重要なことだと思っています。

サービス・ドミナント・ロジックとマーケット・ドリブンの企業戦略

─どのような工夫や努力が必要になるのでしょうか。

嶋口●
まずはモノの見方を本当に変えられるかということです。その点で早稲田大学の内田和成教授が言うたとえ話はおもしろいと思います。彼は車の運転が趣味のようですが、「運転をしていると、歩行者についイライラしてしまう。もっとてきぱき歩けと怒鳴りたくなるときもある」そうです。ところが逆に自分が歩行者になると、目の前を自信ありげに通り過ぎていく車にヒヤッとして腹立たしくなることがあるそうです。そこで初めて、歩行者の身になって運転することの重要性を知ると言うわけです。とくに大企業の経営陣などは、どうしても「運転手」の視点で技術やノウハウを取り込み習熟化を図ろうとする。口では顧客満足を声高に叫んだとしても、同時に短期の利益も重視するから、つい内部志向になり顧客の視点を忘れてしまうのです。

 もう一つ重要なことは、グッズ・ドミナント・ロジックからサービス・ドミナント・ロジックへの転換です。1 9 9 0 年代、ルイス・ガースナーの改革によってIBM が蘇りました。その後、今日に至るまで、IBM はチップやハードウエアに関する技術を基盤とはするものの、コンサルティングやサービス、そしてソフトウエアからなるビジネスソリューションに軸足を移してきました。そのIBMの姿勢はまさにサービス・ドミナント・ロジックです。

 これは、商品(財= グッズ)もサービスの一部であるという考えです。商品も含めて、顧客サービスこそがビジネスの支配的な要因と見るわけです。そうした視点の変更によって、マーケティングの考え方も大きく変わります。サービスを重視する以上、インターナル・マーケティングと呼ばれる従業員教育や意識付け、また内部システムの充実なども極めて大切になってくるからです。

 もう一つの視座が、マーケット・ドリブン・ウイナーズという考え方です。

─それはどのようなものですか?

嶋口●
これは、ペンシルバニア大学のジョージ・S・デイ教授が提唱した戦略論で、「勝者の市場駆動型マーケティング」と訳されています。顧客志向と競争志向を組み合わせた独自の戦略論です。

 一言で言えば、すべての消費者に多様な価値を提供するのではなく、自分たちの顧客を知り、その特性を把握し、自社にとってコスト負担が過重な顧客は切り捨てる戦略を意味します。デイは、そうした企業には四つの特徴があると言っています。開かれた企業風土、市場を予見しうる戦略立案能力、企業単位で継続的に市場対応できる組織形態、そして、組織的情報共有です。

 開かれた企業風土とは、絶え間なく市場の声を聞き、変化を嗅ぎ取る風土を意味します。また、市場を予見しうる戦略立案能力とは、市場の変化の後追いをするのではなく、変化の先を察知し、先回りをする能力のことです。マーケティング・マッスルに通じる考え方ですが、こうした仕組みと風土を構築し、確立できれば、健全なコーポレート・ガバナンスも達成できるはずです。
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