• 2009/06/15 掲載

【ドミニク・チェン氏インタビュー】「ヘコみ」と「なぐさめ」からはじまるWebコミュニティ「リグレト」(2/2)

Webコミュニティ「リグレト」――その現在と未来を探る

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匿名ベースの新たな人間関係モデルを構想する

――しかしそうして作られたリグレトの中でも、独特のコミュニティ感が生まれていると聞きました。

ドミニク氏■
ヘビーユーザーさんたちの一部が、自分なりのシグネチャ(署名)を開発することで、かろうじて個体認識を可能にされているんですね。たとえば、ヘコみをつぶやいている丸いキャラクターは「ヘコミン」というのですが、いつも赤いヘコミンを使ってアスキーアートを投稿する方、いつも半角カタカナだけでなぐさめの文章を投稿される方といった、常連の間では有名な投稿者がいます。

 ただ、そうしたいわゆる「スター」のような方たちもけっして常駐はされないですし、ログはどんどん流れてしまうわけなので、そうした常連さんの存在が参入障壁にならないで、いつ誰がきても参加できる状態は保たれている。いいバランスで動いていると思います。そういう意味では「2ちゃんねる」などから学んだところも多々ありますね。

――なるほど。

ドミニク氏■
あと、当初はあくまで「ヘコんだこと」の投稿のみに原理主義的に限定しようと運営していたところもあったんですけども、最近では、ヘコみに限定されないコミュニケーションが生まれているんですね。

 たとえば、投稿の流動するスピードが高く、リアルタイム性が高い――平均してレスがつくスピードが五分以内――というサービスの性質を利用して、「待ち合わせ場所の○○に着いた途端にドタキャンされちゃった」みたいなヘコみを投稿すると、すぐにその場所周辺のオススメスポットがレスしてもらえる、というような使い方です。だから、「ヘコむを楽しむ」ということだけを見ると過去ばかりを向いているかのように思えるんですけど、実は未来に向けた行動をうながす投稿もあるんです。

 ほかには、これからやろうとしていることに対する背中を押すようななぐさめを求める「勇気を下さい」系とか。僕たちが見たすごいケースでは、「100個の『なぐさめ』が集まったらプロポーズします」なんていう投稿があって、2時間くらいで100個集まったんですよ。その速度は、当事者じゃなくてもグッとくるくらいだったんです。で、それは翌日に成功報告もあって(笑)。

――それはすごい!(笑)。

ドミニク氏■
で、その成功を伝える「ありがとう」の報告にも「おめでとう」というなぐさめコメントがつく。祝意や感謝を伝えるだけで嬉しくなってしまうような、うまい上昇スパイラルが発生する機会があるんですね。ヘコみという過去に向けた投稿があり、一方で、そうした未来に向いた投稿があり、もうひとつ、「ただただ寂しい」という現在のリアルタイムのニーズにも応えられる。リグレトはそういうサービスになってきているように感じています。

 最初はそうした、過去以外の時制の使い方はあまり想像していなかったのですが、文化が上手く広がっていってくれたかな、と感じていますね。最初に「コミュニケーションのインフレを避けるために『ありがとう』のレスは定型にしている」とお話ししましたが、そうした広がりを受けて、最近、「ありがとうを伝える」キャンペーンを期間限定で特設サイトを置いてやってみたりもしました。告知も込みで1週間半くらいの期間でやったのですが、それでも150件くらいのとてもアツい応募がありましたね。そこで面白く感じたのが、半年前のヘコみを記憶に残している方が多くいらっしゃるんですよ。

【コラム】【ドミニク・チェン氏インタビュー】「ヘコみ」と「なぐさめ」からはじまるWebコミュニティ「リグレト」
携帯電話にも対応している「リグレト」
――手紙をずっととっておいたり、大切なメールを保管しておく感覚に近いのでしょうか。

ドミニク氏■
そうした例と少し違うように感じるのは、他人からみると何気ないなぐさめが琴線に触れている場合が多いことなんです。投稿の文字数が少ないから、ヘコんだ人のコンテクストに依存する度合いが高いので、見ている第三者の予測範囲外に解釈があるんです。手紙やメールというのが、友達や家族、同僚といった、自分と縁がある人たちからのメッセージであるのに対して、リグレトのなぐさめは完全に無縁の人たちからのもの。

 けれども、あたかも親しい人であるかのように見えることで、自分の心に届いてくる。脳の補完性というか、人間のコミュニケーションが自動補完されることで、ロールプレイが自分のリアルワールドのヘコみを解消してくれるという形は、とても興味深いと思っています。短いやりとりの背後に、いろいろなストーリーが走馬灯のように見えるんですよね。

――ブログやミニブログ、はたまたSNSといったWebサービスは、欧米発だからか「意見発信」という側面がどうしても消えませんが、実際の使われ方をみると、ユーザー同士で共感するためのツールとして用いられていることが多いように見受けます。リグレトはその点、最初から共感ベースでシステムを構築されているように感じたのですが。

ドミニク氏■
欧米のSNSは、「契約」という発想にすべて基づいている……とまでいうとちょっと言い過ぎかもしれませんが、少なくとも個人が主体的、能動的にリンクを作って、「私はあなたを意思的に承認します」という承認モデルだと思うんですね。

 でも、もっと自然に醸成されていく関係であったり、雰囲気であったり、空気であったり……といった部分を拾わないと、アジアや日本の情報社会においては、リアリティを持つWebサービスは作れないのではないか? という悩みを僕たちはタイプ・トレースを作りながら抱えていたんです。

 リグレトはその意味で、たしかに非常に日本的な形を意識しています。そこで2ちゃんねるを1つの参照項として意識するのは、必然的じゃないかと思いますね。これは僕個人の考えですが、歴史学者・網野善彦が提唱した「無縁」の原理といいますか、現実の人間関係や自己定義から解放されるWeb上のアジールのような場所が、リグレトの先にあるのではないかと。それは非日常的な空間というよりは、日常と地続きにある場所です。

 この考えは、ある人から「リグレトは現代の駆け込み寺ですね」と言われて、「駆け込み寺→縁切寺」で思いついたことなのですが(笑)。そうした形の発想から広げて、これまでのSNSと違う形の承認モデルを醸成していけたらと考えています。匿名だけれども、時間の積み重ねがある閾値を超えるとつながりが自然に生まれていく……イメージとしては、いきつけの酒場のようなコミュニケーションですね。そういう部分をシステム的に、Webサービスのバックエンドの方でサポートしたい。そういう実験もやっていって、リグレトからより汎用的な、人間の自然に近いプラットフォームを生み出していこうと考えています。

 人間がますますデータベース的に存在するしかない情報社会において、そういうアジール的な場所はとても重要なインフラになるのではないか、とリグレトをみておっしゃってくださるアルファブロガーの方もいるので、期待にはなるべく応えていきたいですね。

(取材・構成:前田久


【ヘコむを「楽しむ」リグレト】http://rigureto.jp

●ドミニク・チェン
1981年生まれ。株式会社ディヴィデュアル共同設立者、取締役。
NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン、理事。
人間の自然に近いデジタル・コミュニケーションを通して、「いきるためのメディア」の姿を模索中。
Dividual(ディヴィデュアル)

[参考]ドミニク・チェン「馴致系コンピューティング:ライフログ以降の情報=生態」

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