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- 2009/04/01 掲載
【連載】ザ・コンサルティングノウハウ(5):経営者の意思を知る
経営者の意思を知る
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コンサルタントが解く命題は、釣井がコンサルティングノウハウ検討会で言ったように、社内外の環境をもとに、コンサルタントがプロとして考える。この場合、たとえクライアントが「この命題を解きたい」と言っても、それは考えるための視点の1つとして扱い、プロとしてクライアントが本当に解決しなければならない命題を言い当てる。これは正しい。クライアントの言うことをすべて正しいと考えていては、クライアントに解けない問題は、コンサルタントにも解けなくなる。たとえば先日のA社インタビューで、クライアントの部長は、「選定すべき技術は明快だ」と言った。しかし最後に岩崎が言い当てた命題は、「技術を選定するに足る事実を揃える」ことであった。
もうひとつ重要なのは、クライアント経営者の意思だ。ブレークスルー塾で小学生の啓太が言ったように、自分が何を達成したいかという意思は、社内外の環境と同じくらい重要な、命題を決めるための情報になる。マンションの2階が火事である時、「ケガをしないように2階から飛び降りたい」のか、「ケガをしてもいいから死なない」と考えるかで、命題は変わる。前者だと、「ケガをしない施策を創造する」のが命題、後者だと「思い切って飛び出す勇気を得る」ことが命題なのだ。企業経営でも同じだ。たとえば経営トップが、収益は業界平均以上であればいいと考えるのか、世界一の収益をあげたいと考えるかによって、命題は自ずと変わるのだ。
当然コンサルタントは、あまりにも無茶な意思を通す支援はしない。経営環境やクライアントのケーパビリティから、無理なものは無理と言わなければならない。一方、多少無理でも、経営者が覚悟して臨む場合、コンサルタントは最大限経営者の意思を尊重し、この意思を貫けるように支援しなければならない。なぜなら、経営を行うのはコンサルタントではなく経営者自身だからだ。
山口は、岩崎の部屋に入った。シニアコンサルタントは、個室を持つことが許されている。岩崎をはじめシニアコンサルタントは、まだ30代後半である。
「岩崎さん。宿題の答えがわかりました。コンサルタントが解く命題は、クライアントの社内外の環境と、経営者の意思をもとに、コンサルタントがプロとして明確化し、提案しなければならない」
「いきなり入ってきて、自分の言いたいことだけ言うなよ。びっくりするだろ。君は、相手が話を聞く状態になっているかどうか、考える心配りがない。これは重要なコンサルティングノウハウだぞ」
「すいません。うれしかったもので」
「宿題の答えは合っているよ。ではA社の場合、社内外の環境と経営トップの意思から、何が命題だと言える?」
「最適な技術を選ぶことでしょう」
「いかにも表層的だし、クライアントが言っているものと同じだ。クライアントの言ってきたことを命題にすえても、答えは出ないよ。もしそれが本当に命題なら、クライアントは自力でとっくにそれを解いているはずだ。A社経営者の意思は何だい」
山口は、せっかく自分で考えたコンサルティングノウハウを、自分の仕事に適用することを忘れていた。
「君は、コンサルティングノウハウ評論家になるのではない。コンサルタントとして、コンサルティングノウハウを駆使するんだ。きれいに整理する暇があったら、すぐに使うんだな」
さっきまでの元気がどこかへいってしまった山口に、岩崎は容赦なくもうひとつの宿題を問いただした。
「コンサルティングとは、何かわかったか」
「経営者に、意思決定の勇気を与える仕事です」
山口は、ブレークスルー塾で立野教授が言っていたことを思い出し、苦し紛れに言った。
「正しい見方だ」
岩崎は、あっさり及第点を与えた。山口は、内心ほっとした。しかし、今自分が言ったことを、自分自身よく理解していないことに気づいた。岩崎は、山口の動揺には気づかず、続けた。
「君は、評論家としては合格だ。後は実践だ。A社から電話があって、社長へのインタビューを明後日にセットしたそうだ。いい機会だから、今日君が発見したコンサルティングノウハウを徹底的に活用して、命題をえぐり出してくれ。それから、インタビューで聞くべき命題と、その答えに関して、社長に会うまでに必ずいくつか仮説を準備しておくんだ。社長は必ずそれを聞いてくるぞ」
「待ってください。これから調査するのに、どの技術を選ぶべきかわかるわけがないじゃないですか。これは、岩崎さんの言われる『考える執着心』を使っても無理ですよ」
山口は、ややヒステリックに言った。岩崎は、落ち着いた口調で応えた。
「世の中、わからないものなどない。わからないという人間は、複数のオプションがある時に、それら全部を考えるのが億劫な人間だ。あるいは、足で稼げる情報があるのに、座って腕を組んでいる人間だ。わからないと言うのは、自分の創造力に自分でふたを閉めることだよ。せっかく人間に生まれたのに、もったいないじゃないか。一般の人間は、わからないと言って許される。人はみんな、考えることが苦痛なんだ。しかし、コンサルタントは、同じようになまけてはならない。徹底的に、先の先まで考えているから、クライアントが作り得ない革新策を作れるんだ。クライアントに対して、リーダーシップが発揮できるんだ。これは、コンサルタントの存在意義だよ」
「わからないのは考えていないとは、たとえばどういうことですか」
「君が公園を散歩していると、高い木のてっぺんにひっかかったボールを、木の根元で見ている男がいる。彼は、君に何か頼みたい。さて、彼が君に何を頼むか。このくらい単純だと、さすがに『そんなのは聞いてみないとわからない』と言わないだろ」
「木に登って、ボールを取ってほしい…」
「長いさおを持ってきてほしいのかもしれない。石を投げて落とすので、君には下がっていてほしいかもしれない。彼は木に登ることを躊躇しているので、君に『勇気をもって登れ』と言ってほしいのかもしれない。あるいは、そもそも彼はボールが取りたい訳ではないという視点もある。ボールは彼のではないかもしれない。だとすると、知らない顔をして通り過ぎるから、君には見ないふりをしてほしいかもしれない。ボールの持ち主を、一緒に探してほしいのかもしれない」
「A社の場合も、オプションを徹底的に出せと言うことですね。しかし、ものすごい数のオプションが出ますよ」
「やってみればわかるが、オプションが出なくて困ると思うよ。君の頭の中には、オプションを作る材料が足りないからね」
岩崎の辛らつな言葉に、山口は闘志がわいてきた。
「社長に会うのは、明後日ですね」
山口はそれだけ言って、岩崎の部屋を出た。
「手に入れられる情報を、足で稼ぐことも忘れるな」
後ろから、岩崎が言った。
山口は机に戻ると、仮説オプションを検討し始めた。まず、命題のオプションから検討しなければならない。岩崎は、「どの技術を選ぶか」という命題を、表層的と言っていた。しかしいくら考えても、これ以外の命題は浮かばない。山口は、岩崎が言った「君は、オプションを作る材料が足りない」という言葉を思い出した。しかたがないので、どの技術にリソースを傾斜配分するかという命題で、答えのオプション出しをはじめた。オプションと言っても、a、b、cの技術のどれかを選ぶしかない。それぞれの特徴は、すでにインタビューで押さえている。
a技術を採用すれば、機械のあらゆる回転スピードにおいて高い性能が得られ、機能をソフトで変更することができ、しかも省エネで静かだ。だから、高級市場で競争優位に立てる。しかし、高級市場の市場規模が小さい脅威がある。b技術は、大きな原価低減が期待できる。c技術は、製品の環境負荷を大きく軽減できるが、コストを下げることが難しい。また、投資も大きい。山口は、岩崎が言ったように、まず情報を足で稼ぐことにした。まずパソコンに向かうと、A社が加盟している業界団体の統計情報から、高級、中級、低級製品の各セグメント別に、過去10年間のグローバル市場の規模を手に入れた。次に、ABCコンサルティング社のリサーチ部門に足を運び、機械業界担当のリサーチャーに会うと、A社製品に対する顧客の原価低減と環境負荷低減に関わる要望がどの程度か、今後の高級品市場の成長はどの程度見込めるかを聞いた。
こうして足で稼いだ情報は、1)高級品の市場は、けっして将来A社の収益の柱となるような規模には成長しない、2)A社顧客の原価低減要求は、今後ますます厳しくなる、3)A社顧客は、購入機械に対する環境負荷低減要求を持ってはいるが、そのためにメーカーに新たな技術開発を求めるほど、その要求が強いものではない。である。これらの結果から考えると、A社はb技術にリソースを傾注するべきだという結論となる。
山口は、手ごたえを感じた。A社は、山口がたった数時間で得られた情報を、組織的に収集していないようだ。岩崎が言うように、答えの仮説があれば、自信を持って顧客をリードできる。今後、市場規模の予測と、顧客の要望をきちんと調査する。あわせて、それぞれの技術確立に必要なリソースと時間を調査すれば、答えは出るだろう。答えは、おそらくb技術にリソース傾注となる。
しかし一方で、山口は、こんなに簡単に答えが出ていいのだろうかという不安も感じた。岩崎は、「仮説は10個は作るべきだ」といっていた。山口には、仮説のオプションをこれ以上考えることができなかった。
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