• 2006/01/13 掲載

必殺技に頼ろうとしないこと、それが最大の戦略です

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
  • icon-close-snsbtns
会員になると、いいね!でマイページに保存できます。
『最強! 戦略書徹底ガイド』が刊行された。著者は中国古典からビジネス戦略までカバーする気鋭の研究者・守屋淳氏と、鋭い読みと豊富な知識に裏打ちされた書評で評価の高い有坪民雄氏。二人の"戦略本通"が古今東西、ジャンル問わず戦略書をセレクトした本書は、異色かつ活用度大の戦略書ガイドブックとなっている。守屋淳氏に、本書の活用の仕方や戦略書からの学び方について話を伺った。


守屋 淳氏

Q.今回の著書では軍事・ビジネスといったジャンルを問わず、インドの古典から現代の経営学まで古今東西の戦略書を多数紹介しています。ありそうでなかった本ですね。
[守屋淳] 既存の戦略書ガイドブックは、「軍事の戦略書だけ」「ビジネスの戦略書のみ」とジャンルを限定してセレクトしていました。しかも日中米欧の戦略書ばかりで、選定が名著と呼ばれているものやベストセラーに偏る傾向もありました。
 しかし戦略書のガイドブックは、ジャンルや地域、有名無名を問わず、幅広くいろんな本を紹介する方がいい。なぜなら、戦略書ごとに主張や特徴、強みや弱みが異なるからです。
 例えば、『孫子』とクラウゼヴィッツの『戦争論』は東洋と西洋の代表的な戦略書ですが、言っていることが正反対だったりする。だから、自分がいま置かれている状況に『孫子』が合う場合もあれば、『戦争論』が合う場合もある。
 したがって、ある限定した戦略書群を紹介しても、その中の戦略書を使って役に立たないばかりか、かえって負けを招くことになりかねないんです。
 いろんな戦略書を知って比較した上で、自分の現在の状況に最も合う戦略を選んで使わないといけない。そのためには幅広く、なるべく偏りなく、たくさんの戦略書を知っておく必要があります。
 本書がジャンルや地域を問わず戦略書をセレクトしているのはそのためです。

Q.どんな場合でも勝てる万能の戦略はないということでしょうか。
[守屋] そのとおりです。「これをやれば必ず勝てる」といった必殺技的な戦略に頼ろうとしないこと、それが最も重要な戦略です。
 戦略書は用途が決まっているコンピュータソフトのようなもの。エクセルで長い文章を書こうとしても書きづらいし、ワードで表計算しようとしてもできないのと同じように、それぞれの戦略書には向き不向きがあります。
 自分の中にさまざまなソフトをインストールしておいて用途に応じて使い分けるように、たくさんの戦略書を頭の中にストックしておいて、状況に応じて最適なものを取り出して使う。本書はそれを可能にする「道具箱」のようなものを目指しました。
 手元に置いて、戦略的に考えたい時にこの本の中から最適な戦略書を選び出し、必要であれば原典にあたる。そんなふうに使ってもらえたら必ず役に立つでしょうし、著者としても嬉しいですね。

Q.本書には『孫子』をはじめとする古典的戦略書もいくつか収録されています。現代のビジネスパーソンにとって、古典から戦略思考を学ぶ価値は、どのようなところにあるのでしょうか。
[守屋] 人間やこの世界の原理原則を学ぶ上で、古典は最適なテキストです。
 人や人の集団が見せる思考や行動には、いつの時代も変わらない原理原則があります。どの時代を切り取っても、同じような状況では、誰もが同じような行動をとってしまう。
 例えば、株が上がる時は皆がいつも同じようなふるまいをするし、下がる時もまた同じような反応をするでしょう?そういった不変的な原理原則を踏まえた戦略が、古典には詰まっているんです。
 さらに古典には、現実の試練を経てきたことの強みもあります。つまり古典は、時代を経てさまざまな局面で使われてきた中で、強みと弱み、有効な状況とそうでない状況が明らかにされています。使い方が既によく研究されていて、使い勝手がいいんです。
 一方、まだ新しい理論の場合、いざ現実に当てはめてみると、強みだけでなくたいていは弱みも露見してしまいます。
 分かりやすい例が成果主義です。成果主義は一時期もてはやされて数々の企業が飛びつきましたが、現実に適用してみるとさまざまなマイナス面が顕在化して、今や「成果主義は日本の企業になじまない」という主張が優勢です。
 このように最新の理論には、現実にもまれていないゆえの危うさがありますが、古典には幾多の試練を経てきたゆえの使いやすさや信頼性があります。

Q.本書の中でも、孫正義が『孫子』をもとにつくった「孫の二乗の兵法」や、ビル・ゲイツのビジネス戦略への『孫子』の応用など、成功者が古典から学んだ例を解説していますね。
[守屋] 経営者や企業が古典の戦略書を生かして成功した例は少なからずあります。
 例えばアサヒビールの例は有名です。アサヒビールは1980年代後半に「スーパードライ」を出して、寡占していた麒麟麦酒を逆転しましたが、その時の戦略が『孫子』の「一点集中」でした。
 麒麟麦酒の看板商品「ラガー」が熱処理製法だったのに対し、アサヒビールは「生」をウリに「スーパードライ」の一点集中でキリンを追い抜きました。麒麟麦酒には「一番搾り」で対抗する手もあったはずですが、「ラガー」という看板に縛られて逆転を許してしまった。
 弱者が強者に勝つための戦略は限られていますが、「一点集中」はその中で最も古典的かつ強力な戦略です。
 その戦略を使って当時アサヒビールは勝ったわけですが、その勝利の結果、今度は自身が「スーパードライ」という看板に縛られて発泡酒への参入が遅れ、現在は麒麟麦酒の追撃を受けています。
 このアサヒビールの例は、古典戦略書の有効性に加えて、「万能な戦略はない」「状況に応じて戦略を使い分けろ」という要諦をも示していると言えるでしょう。

Q.古典から始まり中世を経て、20世紀のビジネス戦略やゲリラやテロの戦略書まで、戦略の変遷や発達の歴史が分かるのも、本書の面白さだと思いました。
[守屋] 20世紀のゲリラやテロでは、「敵からはこちらの動きが分からないが、こちらからは手にとるように敵の動きが分かる」という戦略が使われています。
 この「情報の格差」を武器にした戦略は、実は『孫子』の情報重視や各個撃破の戦略をもとにしています。ですから、「情報にまつわる戦略思考を身につけたい」という場合は、20世紀のゲリラやテロの戦略書と『孫子』を併せ読むといいでしょう。
 同じく20世紀になって発達したビジネス戦略は、この100年間、「いかにやる気を引き出して人を動かすか」という命題を考察し続けてきました。ですから「人の動かし方」についてなら、ビジネス戦略が大いに役立ちます。
 また、軍事戦略は「失敗してもやり直しがきかない」という前提で組み立てられていますから、「ここは一発勝負」という局面では軍事戦略から学べるものが多いでしょう。
 時代や地域、ジャンルにとらわれず戦略の歴史を俯瞰することで、それぞれの戦略が互いに関係し、あるいは補完しあっていることが分かるでしょう。それが分かれば、「万能の戦略」を求めることもなくなるでしょうし、状況に応じた戦略を適宜使い分ける姿勢が身につくと思います。

Q.ご自身が普段から意識なさっている「戦略」はありますか。
[守屋] 「勝つ戦略」と「負けない戦略」の使い分けは意識しています。戦略には「勝ちを目指す」戦略と、「負けないことを目指す」戦略があります。
 「勝ちを目指す戦略」とは、会社で言えば、自社だけが圧倒的なシェアをとるとか利益をあげるということ。個人で言えば、自分だけがダントツの成果をあげるといったことです。しかし『孫子』の考えでは、そのような「圧倒的な勝利」には状況の助けが必要で、自分の力だけで何とかなるものではない。
 一方、「負けない戦略」は、圧倒的に勝っているわけではないが、負けているわけでもない、という状態を目指す戦略です。「負けない戦略」の目指す「そこそこ何とかなっている」という状態は、自分の努力次第で維持することができる。そう『孫子』は説いています。
 ですから、普段は「負けない戦略」で「そこそこの成果」を目指してコツコツ努力しながら、状況がよいと見れば一気に勝ちを目指す、というのはひとつの確実な勝ちパターンなんです。状況が整っていないのに常に勝とう勝とうと頑張り続けたら、勝てないどころか壊れてしまいますからね。

(インタビュー:奥原剛)


最強! 戦略書徹底ガイド
共著者:守屋淳

評価する

いいね!でぜひ著者を応援してください

  • 0

会員になると、いいね!でマイページに保存できます。

共有する

  • 0

  • 0

  • 0

  • 0

  • 0

  • 0

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
あなたの投稿

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます