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  • 2021/07/15 掲載

居酒屋が『ウイイレ』作ってみた。イカセンターが挑む爆速DXの裏側

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「港町でしか食べられない透明なイカ刺しを都内で楽しめる」をウリにする居酒屋、イカセンター。同社が人件費・原価という“飲食店の2大コスト”を抑えるために着手したのは、イカセンター版『ウイニングイレブン』開発だった。DX(デジタルトランスフォーメーション)の今を取材した、ノンフィクションライター・酒井真弓氏の著書『ルポ 日本のDX最前線』の中から、イカセンターのDX事例を紹介する。
執筆:酒井 真弓
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イカセンターで進行中の、異例のDX事例を紹介する
(Photo/Getty Images)
※本記事は『ルポ 日本のDX最前線』の内容を再構成したものです。

新鮮なイカを都心で提供するために

 イカは人間が想像する以上に繊細で、環境の変化に敏感な生き物だ。新鮮な活き造りを提供するには、イカを生かしたまま運んでくる必要があるが、これが非常に難しい。イカの多くが輸送に伴う振動や、住環境の変化に興奮してパニックを起こし、自分が吐いた墨とアンモニアによって命を落としてしまうのだ。

 東京、神奈川に7店舗を展開する「イカセンター」は、港町でしか食べられないような新鮮なイカ料理を楽しめる居酒屋として人気を誇っている。

 筆者は、イカセンターの存在がずっと気になっていた。2016年頃、金融機関のフィンテック担当者との会食がことごとくイカセンターで開かれるようになったからだ。

 近い将来、銀行は必要なくなるのではないか──そんな話がささやかれていたこのころ、金融機関内におけるフィンテック担当者への風当たりは今よりも強かったように思う。

 既存事業とのカニバリズムや、ルールからの逸脱が許されない企業文化、始まったばかりでまだ目立った成果を上げていないにもかかわらず、新規事業担当者としてメディアにもてはやされることへの嫉妬……ストレス社会を3倍濃縮したような世界と、Tシャツにパーカーのスタートアップの世界を行き来する彼らは、競合であろうが関係なく、市場を創る仲間としてイカセンターに集まっていた。

 夜のイカセンターの存在が、フィンテック担当者たちに明日も戦う力を与えていたと言っても過言ではない。

 イカセンター自身も、閉鎖的で保守的な魚の世界で戦ってきた歴史がある。魚の世界は、新参者がどんなにお金を積んでお願いしても売ってくれない。確かな信頼関係なしに、最高級の食材は仕入れられないのだ。

 イカセンター全店舗の立ち上げの陣頭指揮をとってきた共同代表でもある藤嶋健作は、後継者不在で廃業を余儀なくされていた地元の仲卸会社を譲り受け、南房総の船形漁港に出入りするようになった。当初は競りに参加するための買参権がなく、他の業者に頭を下げて仕入れ続けた。

 藤嶋という人は、飲食チェーンのトップでありながら毎日店に立ち、閉店後、漁港に通い続けているらしい――その熱意は徐々に港に受け入れられ、漁協の幹部から買参権の付与を打診されるまでになっていた。10年の月日が流れていた。

 しかし、そこまでしてもまだ新鮮な料理を提供できるわけではなかった。輸送中のイカの鮮度を保つための高度なシステムが必要だったのだ。イカは非常に繊細な生き物で、ほかの海産物と同じ輸送方法では、1時間ほどのあいだにほとんどが死んでしまう。

 最初の3カ月は店に届くまでに全滅という経験を何度もしながら、海水濃度や温度、酸素濃度などを微調整するという地道な試行錯誤を繰り返した。現在は、特注のイカトラック4台を擁し、イカがストレスを感じない環境をコンピューター制御によって維持しながら運んでいる。

 街には、「漁港直送」を謳った看板が溢れている。しかし、中には漁港の仲却を介して買うことをそう表現する店もある。イカセンターのように自分たちで調達し、輸送までするのは並大抵のことではない。

居酒屋がDXを始めた理由

 さて、本項では、そんなイカセンターが始めたDXと、そのアプローチを紹介する。一般的に、飲食業界はアナログな業務が大半を占め、デジタルで物事を考えるのが苦手な人が多く、IT投資に消極的だ。モノになるかどうかはっきりしない段階では、「これまで人力で何とかなってきたじゃないか」となりがちだ。イカセンターも決して例外ではなく、専任のCIOを採用するのも今はまだ現実的ではない。

 そもそも、なぜイカセンターにDXが必要となったのか。イカセンターのもう1人の共同代表、伊藤尚毅はその理由をこう語る。

「最高級の食材を漁港で直接調達できるのでコストパフォーマンスが良いとは言え、高級料亭や高級寿司店と同等の食材を使っているので原価は非常に高い。『おたく、それで経営回るの?』ってくらい原価をかけているんです。実際、他のコストをかなりコントロールしないと経営が成り立たないんです」

 飲食店には2大コストと呼ばれるものがある。原価と人件費だ。

 原価はただ下げれば良いというものではない。下げ過ぎれば確実に顧客満足度が下がる。伊藤は、「しっかり原価をかけて良いものを提供するのがイカセンターの競争優勢性である以上、原価が高くなるのは仕方がない」と言う。

 人件費、これも悩ましいところだ。良い食材を使えば、単に煮て焼いただけでも美味しい料理にはなるという。しかし、高い知識と技術力を持った料理人でなければ、真に食材のよさは生かしきれない。そして、そういう料理人は給与も高い。

 以前からイカセンターの経営会議では、繁盛している店、苦戦している店を本部のホワイトボードに貼り出し、スタッフの名前を記したマグネットを使って最適な布陣をシミュレートしていた。マグネットを移動すると誰かが「そうしたら新宿総本店は人件費かかり過ぎじゃない?」と指摘し、財務担当が電卓を叩いて、「人件費40%超えますね」「そりゃあちょっとまずいよ」といった議論が繰り広げられてきた。

 当然、スタッフ同士の相性や、「この人は調理スキルは高いが接客は苦手」といった情報は数字に表れない。必要な情報が視覚化されないまま、全員が自分の感覚だけで意見を述べる。会議は毎回長時間に及び、モヤモヤが残ったまま重要な経営判断がなされていた。

 「各店舗の原価と人件費、スタッフそれぞれの強みと弱み、売り上げのバランスなどを全部見ながら議論できたらいいのに」――伊藤は、真っ先にデジタルに強い右腕・石川陽一に相談を持ちかけた。

 石川は、auカブコム証券でシステム統括役員補佐をしながら、副業でイカセンターと関連企業のデジタル化に携わっている。スマートフォン8台、タブレット1台、パソコン2台を常時持ち歩き、両腕にスマートウォッチを装備して自らの体調や行動のデータ化を図っている。飲食業界の「普通」からすると、かなり変わり者だ。

イカセンター版『ウイニングイレブン』開発に着手

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『ルポ 日本のDX最前線』
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 昨今、働き方改革の要請から人事のデジタル化が叫ばれ、人材採用や育成、評価、タレントマネジメントといった領域のITサービスがHRテックと呼ばれて注目を集めている。石川はまず、メジャーなHRテックサービスを10ほどピックアップし、試用で使えるものは実際に使いながらそれぞれの特徴を把握していった。

 最初の印象では、「これらのサービスが伊藤のニーズに応えられるのでは」と直感した石川だったが、実際に触ってみると、人と人との関係性の見える化がメインで、経営者目線のヒト・モノ・カネの議論には物足りないことがわかった。

 伊藤がやりたかったのは、要は各店舗の戦力バランスの見える化と人材配置のシミュレーションだ。ほしい画面をイメージする中で、伊藤が「まさにこれだ」とピンと来たのは、『ウイニングイレブン』というサッカーゲームだった。

「『ウイニングイレブン』には、プロサッカーチームの経営者モードがあって、誰をどこに配置し、 このときのチームの総戦力値がいくらで、年俸総額はどれくらいといったフォーメーションをシミュレーションできるんです。当然、強い選手を獲得したくても無尽蔵にお金が使えるわけではなく、予算の中から捻出しなければなりません。でも、お金をかけて強い選手が獲得できれば、チーム力が上がり、全体のパフォーマンスも上がる。この選手はミッドフィルダー気質、この選手は左でプレースキックが蹴れる、今のチームに足りないのはこんな選手……やりたいことはまったく一緒です」

 伊藤の思い描く最終形は、店舗間で人材をドラッグ・アンド・ドロップすると、人件費やスキルといった付帯データも付いてきて、いとも簡単に総戦力値の変化をシミュレーションできるユーザーインターフェース。これがあれば、どういう戦力バランスの店に仕立て上げれば業績が上がるのかも明確になるはずだ。

 石川は、「伊藤さん、簡単に言うけど、このゲーム作るのにいくらかかるかわかってます?」とくぎを刺したが、心の中では1つの答えにたどり着いていた。「ビジュアライズに強いBIツールを使えば、近いことが安く実現できるのでは」と。

 BI(ビジネス・インテリジェンス)とは、さまざまなデータを、収集・蕃積・分析・加工し、経営の意思決定を支援すること。さまざまなツールが提供されているが、中でも人気の Tableau(タブロー)は、わかりやすく直感的なデータビジュアライズが得意だ。

 この時点ではまだ本格的なデータビジュアライズの経験がなかった石川は、知人のデータアナリストの協力を取り付け、早速、Tableauをベースにイカセンター版『ウイニングイレブン』の開発に取り掛かった。

【次ページ】くどくど言う前に、動くものを作ってみればいいじゃない
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