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住友商事は2018年5月に発表した中期経営計画(2018~2020年度)の中で「次世代新規ビジネス創出」を掲げ、デジタルトランスフォーメーション(DX)の 加速によるビジネスモデルの変革を進めてきた。その取り組みが評価され、8月には総合商社としては唯一となる「DX銘柄2020」にも選ばれた。しかし、その一方でこうした取り組みを「稼ぐ力」につなげていくためにはまだまだ課題も多い。住友商事の代表取締役 副社長執行役員で、メディア・デジタル事業部門長、グループ全体のCDO(最高デジタル責任者)を兼務する南部智一氏に、住友商事のデジタル戦略の「次の一手」を聞いた。
聞き手:編集部 松尾慎司 構成:編集部 山田竜司 執筆:畑邊康浩
聞き手:編集部 松尾慎司 構成:編集部 山田竜司 執筆:畑邊康浩
デジタルにより業界が丸ごとディスラプトされる危機感
──「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2020」に選定されました。その背景には、2018年4月の中期経営計画2020始動とともに進められた組織改革があったと聞いています。どのような取り組みをされてきたのでしょうか。
南部氏:住友商事には「金属」「輸送機・建機」「インフラ」「メディア・デジタル」「生活・不動産」「資源・化学品」の6つの部門があります。これまでは、その各部門長のもとに経営資源が再投下されながら、成長してきた歴史があります。
ところが、デジタル技術の進化により、業界が丸ごとディスラプト(破壊)されるような動きが出てきました。かつてのドットコム・バブルとは異なり、デジタル技術が社会機能やビジネスプロセスそのものを変化させるのを目の当たりにしたことで、私たちにも危機感が生まれました。
そこで今から約2年半前、2018~2020年度の3年間にわたる「中期経営計画2020」を策定する際に、従来のように各部門へ均衡に再投資するのをやめ、成長が見込める3つの分野へ傾斜配分することに決めたのです。その成長分野とは、「テクノロジー×イノベーション」「ヘルスケア」「社会インフラ」の3分野でした。
私が2017年に米国駐在から帰国した後は、メディア、デジタル、それから生活関連事業を主に担当していました。この分野にはケーブルテレビのジュピターテレコム(以下、J:COM)やスーパーマーケットのサミット、ドラッグストアーのトモズなど、生活に根付いた事業があり、BtoC分野の膨大なデータが蓄積されていました。
かつては金属、化学品、資源、自動車などの、いわゆる重工業が住友商事のキャッシュ・カウであり、現在も5割強のアセットを持っています。そして、そこから生まれたキャッシュを元に、これら生活関連事業を数十年かけて育ててきた大きなスキームがあります。この長年続いたスキームを、ストックビジネスである社会インフラとBtoCの領域により傾注していく形に変えようというのが、中期経営計画2020で意図したものでした。
そうした流れから、2018年4月に「DXセンター」というDX推進のための専門組織を新設しました。テクノロジーを活用したビジネスポートフォリオと、ビジネスネイチャーの変化を加速させる装置という位置づけです。
なぜこのような組織を必要としたのか。それは、DXの領域において、何が我々の「コア・コンピタンス」なのかと考えた時に、「現場力」という答えを導き出したことにあります。
現場力とは、たとえば、現場のどこに無駄があって、どこが改善ポイントで、何がペインポイントであるかを把握し、まだ世に出ていない「本質的な」課題設定ができる力のことを指します。
住友商事は、約950社の現場に根付いていることによって、幅広いビジネスにおいて「現場力」を発揮できる環境にあります。すなわち、課題設定から物事を考えて解決していく流れを作り込むのが、本質的なDXであると結論付けたのです。
地道かもしれませんが、まだ世に出てきていない現場の本質的な課題を一つ一つ解決していくことがDXの近道だと考えたのです。
3種類の人材を集めたDXセンター
──そのために新設されたDXセンターとはどのような組織なのでしょうか。
南部氏:DXセンターには、意図して3種類の人を集めました。(1)現場を動かし、顧客のペインポイントを知っている人、(2)ITを開発・メンテナンスするIT部隊の人、(3)ビジネスを設計・創造する人(ITを経験したビジネス人材)。
いずれも社内外から人を集めました。たとえば2つ目のIT部隊には当社を熟知するSCSKにお願いし、3つ目に関しては社外人材も登用するとともに、DX技術専門の会社Insight Edgeを立ち上げて、この3つの立場の人をパッケージにして当社の6つの部門それぞれに張り付け、現場の課題をひとつずつ解きほぐしていくところから取り組みをスタートしました。
まず入り口として取り組んだのは、RPA(Robotic Process Automation)の導入です。これは、RPA導入がデジタル化だと考えてのことではありません。
RPA導入は、現場がどういった仕事をしているかを詳細に理解しなければ実現できないものです。ということは、RPAを導入する過程でDXを推進する上でキーとなる業務の課題やクセなどが分かるだろう、そういう目論見でした。ですから、DXセンターのメンバーには、まず現場に寄り添う、理解する、人の話を聞く、この姿勢を徹底してもらいました。
また、IT出身の人は、ITの言葉を使いがちです。たとえば「要件定義してください」と言われても多くのビジネスパーソンは「要件定義」という日本語を使わないため、腹落ちしないのです。“DX”とまったく一緒で、分かっている人が言葉を縮めて、本質を遠ざけてしまうと感じていました。
だから「その逆をいきたい」と考えて、とにかくまず「寄り添って」信頼を得て、その後に「仕事そのものを変える」DXを目指すという、順番、プロセスで進めることに注力しました。実際、これがある程度うまくゆき、全社で400を超えるロボットを導入した結果、年間で10万時間のタイムセービングができました。
もちろんそれは「副産物」に過ぎません。DXセンターが現場の課題を把握・理解し、変革すべきポイントをつかむという本来の目的を果たすことができたことがポイントです。
またこの取り組みを通じて、DXセンターという新設組織が「DXのサービスプロバイダー」として社内の信頼を得ることにもつながりました。
これらの動きを通じて、「仕事そのものを変える」ことを目指したDXの取り組みは、RPAとは別にこの2年半で約300にのぼります。そのうち今も動いているものが100弱ありますが、これが、住友商事のDXのファーストステージだといえます。
会社全体をデジタライズしたので、数千人が勉強して知見を蓄え、現場の課題を知り、各所から「ここを変えたい」「これをやりたい」というも提案が多数挙がってきています。現在は、その中からプロジェクトのリーダーの資質なども勘案しつつ、選択と集中、スケールとインパクトを求めた経営資源の配分に変えていっているところです。
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