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新型コロナウイルスは、危機的な医療関連品不足を日本にもたらした。マスクは今でこそある程度流通に乗っているものの3、4月はほとんど手に入らず、また治療の現場に不可欠な医療用ガウンはいまだ全国的に不足している。そんな状況を受けて、自転車関連製品を売り出しているある町工場が、マスクと医療用ガウンの製造に踏み切った。まったく未経験の医療品製造をどのように成し遂げたのか。そのエピソードをお伝えする。
中学生に感銘、マスクの製造に乗り出した自転車用品工房
今回取材したアズマ産業は、自転車の輪行袋などを製造・販売しているメーカーである。
輪行袋とは、自転車を電車や飛行機などの公共交通機関で運ぶ際に使う、自転車を収納する専用袋だ。欧州では自転車をそのまま電車に持ち込むことができるケースもあるが、日本では一部の路線を除き、自転車を電車内に持ち込む際には輪行袋に詰めなければならないという規則がある。
同社のブランド『オーストリッチ』は、輪行袋のリーディングブランドである。創業50年、確かな品質に裏付けされた質実剛健なつくりは、国内外を問わず多くのサイクリストに愛されてきた。
「とにかく仕事がなくて……。そこで、まずマスクを作ってみようと思ったわけです」
同社の伊美哲也社長は苦笑交じりに、マスク製造に着手したきっかけを語ってくれた。
緊急事態宣言下の2020年3月末のこと。自転車で旅をするための道具である輪行袋が売れるわけもない。そんな時、山梨県内の女子中学生が、手作りマスク600枚を山梨県に寄付したというニュースを見た。貯めてあったお年玉で材料を購入したという。
「驚きましたよ。600枚のマスクを手作りするって、縫製のプロである私たちの感覚でも、すごいことです」(伊美社長)
触発された伊美社長は、マスク開発に取り掛かる。
作るからには、『オーストリッチ』ブランドに恥じないものでなくてはならない。材質はもちろん、耳紐の長さも使用者に応じて長さ調節ができるものでありながら、半端な紐が目に見えないようにスタイリッシュさを保つ工夫を施した。世間ではマスクが不足していた時期でもあり、材料はいずれも値上がりしていた。
「耳紐に使うゴムが高くてね」、伊美社長はそう振り返る。
採算ギリギリの価格設定で販売したマスクは、自転車愛好家を中心に売れ、取材時までに8000枚を売り上げたという。使用者からの評判も上々だったそうだ。
ノウハウのない医療用ガウンへチャレンジ
同時期、マスク製造を開始した企業は、大小を問わずいくつかあった。しかし同社が少し違うのは、そこからさらに医療用ガウンの製造にまでチャレンジを始めたことである。
「マスクで、『もっと何かしたい!』というスイッチが入ってしまいまして」(伊美社長)
そんなときだった。経済産業省が帝人フロンティアに協力を得て、医療用ガウンの型紙を無償公開したのだ。
ニュースでは、病院の医師やスタッフたちが医療用ガウン不足に悩み、ビニール袋を被って診療にあたっている様子も報道されていた。看護師である伊美社長の姪は「現場では、医療用ガウンひとつに命を託している」と言ったという。
文字通りスイッチが入った伊美社長は、経産省の型紙と輪行袋用の生地を使って、医療用ガウン制作に着手した。医療関係者の協力も得て型紙にはない工夫なども追加。使い捨て(ディスポーザブル)ではない、複数回の使い回しが可能な医療用ガウンを完成させた。
国内自社生産にこだわり、優れた縫製技術を備えた職人を抱えている同社だからこそ、わずか1カ月ほどでまったく畑違いの医療用ガウン製造を成し遂げることができたのである。
自転車仲間たちの協力で、医療用ガウン製造を成し遂げた
だが、当時は不安もあったという。縫製技術には自信があったものの、作ったガウンが、医療現場に求められる品質を満たしているのかどうか、畑違いの同社には不明だったのである。
そんな時にアドバイスをくれたのが、同社の製品を愛用してきたユーザーだった。
【次ページ】ユーザーから次々届いた知見、医療用ガウン製作をどう成し遂げたのか
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