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- 2025/01/15 掲載
うなぎパイ春華堂が導入、AIロボでイチゴを自動栽培する「HarvestX」の戦略
なぜ「授粉」を自動化するべき?
市川 友貴氏は静岡県浜松市の出身。工業高校に在籍していた時代から本格的にものづくりを始め、千葉工業大学に進学後も、個人事業主としてさまざまな企業のプロジェクトに参加した後、農業関連のロボット応用にフォーカス。2019年には情報処理推進機構(IPA)の「未踏」事業に「虫媒に代わるイチゴの自動授粉ロボットシステムの開発」として採択されて研究開発を進め、2020年8月にHarvestXを共同創業。今日に至っている。なぜ市川氏は、授粉ロボットの研究開発を始めたのか。そもそもなぜ農業分野だったのか。市川氏に「そもそも」の話から伺った。
「ずっとロボットが好きでしたが、何に応用するかは絞れていませんでした。いろいろなR&Dを請け負っていましたが、その中に農業があったんです。『農業は面白い』と思いました。最初は収穫ロボットを作っていましたが、農業は外的な環境変化が大きい。農家によって通路幅や地面の環境も違う。そうなるとロボットも汎用的にしないと使えない。でもそうすると高コストになる。ロボットに投資できる農業法人がどれだけあるかとなると、正直、採算が取れないと思いました」(市川氏)
農業ロボットというと収穫か除草、あるいは搬送補助が主だが、そうではないと市川氏は考えたのだ。では何に使えばいいのか。思案する中で、植物工場ベンダーの多くが「授粉」に困っていることを知った。果菜類を育てるためには授粉が必要だ。だが授粉は自動化されていない。
当たり前の話だが、すべての果実には授粉、つまりおしべの花粉をめしべに付けるプロセスが必須である。一般に植物工場での授粉には昆虫、ハチやハエが使われている。だが食品製造業は虫などの異物混入リスクを嫌う。生物を使うと、カビや病害のリスクもある。また、授粉用のハチはいわば「使い捨て」となっており、倫理的にも問題があるとされている。
では人手で、となる。ハチによる授粉は、ハチ自体の体に生えた細かい毛によって行われる。それを人手で再現するには、耳かきの後ろに付いている「梵天(ぼんてん)」のような、ブラシ状の道具を使って行うのが一般的だ。
ところが、この人の手作業では手間がかかる。つまり高コストだ。植物工場はもともとコストが高く赤字に陥りがちなのに、さらにコストを押し上げてしまう。
しかも、人手ではムラが出やすい。授粉はめしべに満遍なく花粉を付ける必要があるのだ。そこで市川氏らはロボットでムラのない授粉はできないかと考えたのだ。
機械学習とROS2、Unityで高精度なロボット授粉を実現
HarvestXの授粉システムは、機械学習を用いて、花がどこにあるかを二次元的に見るだけではなく、花の中のめしべの方向を三次元的に正しく認識して、満遍なく花粉を付けることができる。ハチによる授粉を上回る水準だという。また、どの苗のどの花に授粉を行ったかや、果実の成長段階のログも自動的に取得できる。そして独自開発した果実の成熟度分類アルゴリズムと組み合わせることで、高精度な収量予測が可能だ。イチゴを活用したい業者にとっては「何日後にどのくらいのレベルのイチゴが、どのくらいの量、収穫できるのか」を先に知ることができる利点は大きい。
ロボットの開発には最初から「ROS2」を使っている。ROS2とはロボット開発向けのオープンソースのライブラリやツール群から構成されるフレームワーク、いわゆるミドルウェアの一種である。「ROS(Robot Operating System)」はもともと研究開発向けだった。一方、産業用途を念頭に複数台対応や組み込み対応、リアルタイム制御対応向けに拡張した枠組みが「ROS2」だ。HarvestXでは主にコンピュータビジョンとの連携に活用しており、独自に100個のROS2パッケージを開発し、その一部は公開している。
基本的に同社のシステムは組み込みのシステムで成り立っており、その上にカメラで撮影した画像などの処理用にUbuntuが載っており、そこでROS2を動かしている。つまりロボットとしての機能安全に関しては組み込み技術で担保しつつ、その上で、より高レイヤーの作業にはROS2などを活用している。こうすることで、それぞれの良さを活かすことができる。アームロボットにはDOBOTを使っている。
シミュレータとして活用しているのはゲーム開発エンジンのUnityである。ROSとの相性がいいことから選択したという。Unity上でデジタルツインを作り、バーチャルな植物工場とロボットを再現して動作させて検証を行っている。なおロボット開発とUnityについては、本連載バックナンバーも合わせてご覧いただきたい。
HarvestXでは前述の「未踏」事業でコア技術を開発している。市川氏自身は千葉工大の出身だが、東大の学生が技術的サイドプロジェクトを行うための拠点「本郷テックガレージ」に縁があってメンバーをそこで集めたこと、さらに東大が起業支援を行う投資事業会社の東大IPCから法人化支援と出資を受けたことから、現在のHarvestX本社とラボも東大アントレプレナーラボ内にあり、同社も「東大発スタートアップ」として数えられている。
栽培ラボも同じ東大内の建物の中に作った。農業用途のロボットは開発と検証のサイクルを高速で回すことが難しいが、開発したものをすぐに検証可能なラボを作ったことによって「かゆいところに手が届く」ようになり、高速開発が可能になったと市川氏は語る。農業ロボットの開発環境としては理想的な環境だという。その後、「周辺技術」を整えて、2024年に第1号実現へと至った。
実は、この「周辺技術」にも大事なポイントがある。 【次ページ】重要な「周辺技術」、未経験業者でも安定生産可能なワケ
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