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新型コロナウイルスによる肺炎が米国でも本格的な流行の兆しを見せる中、米経済のけん引役である米テック大手はこの非常事態への対応にテレワークのインフラ提供など社会の公器としてのリーダーシップを存分に発揮している。しかし同時に、テクノロジーが生み出したギグエコノミー労働者の保護が薄いとして、そうした形態の雇用を可能にした企業への批判も高まる。さらに、危機管理においてIT大手が政府の専権とされてきた分野での強い決定力と影響力を持つ現実も明らかになってきた。新型肺炎とテック大手の関係から日本のIT企業が学べる教訓を探る。(情報は米国時間3月8日現在)
サービス提供者として(1)会議インフラの無料提供
米テック大手の対応で最も貢献度が高く、社会に感謝されているのは、人と人の濃厚接触による感染の可能性を低減できるビデオ会議など代替インフラの提供だ。プラットフォームおよびプロバイダーとしての面目躍如である。
まずGAFAの一角であるグーグルは、250人までが同時参加可能で、1回に10万人が視聴できるビデオ会議システム「Hangouts Meet」を世界中のG Suite利用者に無料で開放している。Google Driveに録画を保存してのちに視聴することも可能だ。
本来は利用者1人当たり月額25ドルの基本料金や追加機能使用のための13ドルが必要だが、7月1日までは免除される。コロナ禍が悪化するイタリア北部の一部の学校などでは、すでにHangouts Meetが遠隔授業に利用されている。
他方、マイクロソフトは、同社イチ推しのチームコラボレーションアプリ「Teams」のサブスクリプションプランで、Officeを含む最上のプレミアム機能を満載した月額12ドル50セントのお試しサービスを3月10日から6カ月無料開放する。
病院、学校、企業などの利用を想定しており、すでに無料開放している中国ではTeams会議などの利用が1月末と比較して500%急増し、モバイルデバイスでのTeams利用は200%上昇したという。フリーミアム版もビデオ会議の利用者数上限を撤廃するなど、公共企業としての役割を果たす一方で、データ収穫や自社のサービスの宣伝と売り込みにもつながる。
大統領選挙に向けた政治集会などのイベントが開催できなくなった場合はストリーミングのサービスを提供するなど、コロナウイルスの感染が拡大するほどこれらの企業の社会的インフラとしての役割の重要性は増すだろう。グーグルやマイクロソフトだけではなく、チームコラボレーションアプリのSlackやビデオ会議のZoomなども含め、社会的信頼とビジネスを同時に獲得する絶好のチャンスといえる。
こうした中、フェイスブックは「正確な情報の提供、誤った情報の阻止、研究者へのデータ提供」の3点の指針を掲げた上で、プラットフォーム内で新型コロナウイルスに関する情報を検索したユーザーに対し、自動ポップアップ広告で世界保健機関(WHO)または地元の保健当局サイトへの訪問を提案するサービスを無償・無制限で提供する公共奉仕を開始した。同時に、価格釣り上げ防止のため医療用マスクの広告を全面禁止にした。
コロナウイルスにより院内感染や濃厚接触など来院者と医療従事者の双方のリスクが高まる中で、アマゾンやグーグルが開発にしのぎを削る遠隔問診や診断も改めて注目を浴びている。ただし、今回のコロナ危機で実際にこれら大手の遠隔医療システムが成果を挙げているとの報道は見当たらず、危機時の実用には間に合わなかったようだ。
また、グーグルは10年ほど前に、「ユーザーの検索トレンドでインフルエンザなど伝染病の流行を予想できる」との主張を行っていたが、2013年の米国におけるインフル流行を当てられず、今回の新型肺炎流行でもグーグル、フェイスブック、アマゾンなどは予想に失敗して
「隙きを突かれた」と評されており、IT大手の人工知能(AI)が伝染病予測で使い物になるためにはまだ時間が必要であるようだ。
こうした中、グーグルのAI子会社であるDeepMindの英チームでは、新型コロナウイルスの
感染拡大予測を「フリーモデリング」を使った機械学習によって試みており、果たして正確な予想が可能であるのか注目される。
翻って、フェイスブックのザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が共同責任者を務める慈善団体チャン・ザッカーバーグ・イニシアチブがマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏率いるビル&メリンダ・ゲイツ財団と共同出資を行い、資金提供を受けた研究者たちが数日でCOVID-19を引き起こすウイルスのゲノム配列を完全に特定することに成功したことは、大手IT(元)経営者たちの重要な貢献であると言えよう。
加えて、人出が激減した映画館や劇場などに代わって、家に引きこもる人々に娯楽を提供する動画ストリーミングのNetflixやDisneyなどの代替インフラとしての役割もこれからクローズアップされてくる。さらに、料理の出前を行うUber EatsやDoorDash、生鮮宅配のアマゾンやInstacartの需要も増加するため、テクノロジー企業はクライシスの場面で大活躍だ。
サービス提供者として(2)虚偽広告の取り締まり
世界経済の活動が収縮する中、テック大手は被害と恩恵の双方に浴している。屋内で過ごす人が増えたおかげでアップルのiPhone向けアプリのダウンロード数は急速に伸びる一方、主力のiPhone 11をはじめ、製品や部品の供給がタイトになっており、春に発表の新モデルを含む売上機会の損失が懸念されている。
目先の商品在庫の減少に加えて、中国を中心とするサプライチェーンの混乱や米国内の流行の兆しにより、アマゾンでは7月のプライムデーにおける潤沢な商品供給と配達網の確保が危ぶまれ始めている。
他方でマスク、体温計、衛生用品、食料品などの宅配注文が増加するアマゾンは、いち早く便乗値上げ禁止をサードパーティーの売り手に向けて要請したが、一部の売り手がコロナ危機と品不足に乗じて法外な値でマスクや洗浄液を販売することを阻止できていないとして、米議会から非難を受けている。
こうした中アマゾンやフェイスブックは、「新型コロナウイルスに対する防御や治癒」といった虚偽の効果をうたった商品やコロナウイルス陰謀説の書籍などをプラットフォーム上から駆除することを目指している。アマゾンはすでに100万点以上もの商品をプラットフォームから削除しているが、追いつかない様子だ。またフェイスブックは、コロナウイルスに関する虚偽の情報を含む政治広告をFacebookプラットフォーム上から削除すると発表した。
さらに、AndroidとiOSを通してスマホOSで圧倒的シェアを持つグーグルとアップルは、コロナウイルスに関する情報を広めるアプリの取り締まり・排除に乗り出した。
出所がWHOなど正確な情報を掲載していても、国際的に認知されたWHOのような保健組織のアプリでない限り、削除されるようだ。Redditなどでコロナウイルスに関する素人回答ページが人気を博する中、専門家組織による情報のみを流通させることは、意義があるだろう。グーグルは一方で米疾病対策センター(CDC)や米赤十字社など正確な情報を擁するアプリは認可している。
テック大手の多くはメディアとしての役割も担っており、米国でも大人気の中国ショートビデオのプラットフォームTikTokはWHOと組んでコロナウイルスに関する正確な情報の発信を始めた。しかしこうした検閲には限界があり、マサチューセッツ工科大学の研究者らは「ファクトチェックをすり抜けてプラットフォームに出回る虚偽情報が『無作為の真実』であると受け取られる可能性」について
警鐘を鳴らす。
従来であれば価格統制や虚偽広告の取り締まりは政府の役割であったのだが、オンライン上ではGAFAなどプラットフォームがその権限と能力を握っている。
くしくも2月27日には連邦第9巡回区控訴裁判所が「グーグルやフェイスブックはコンテンツの検閲を通してユーザーの言論の自由を制限できる」との
判断を示しており、有権者による選挙の洗礼や議会の指名を受けないテック大手の、私権制約をはじめとする絶大な権力が今回のコロナ禍で改めて明らかになった。
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