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皆さまは米CNBCが毎年発表している「Disruptor(破壊者) 50」をご存じだろうか? Grab、Indigo Ag、Rent the Runway、Lemonadeなど未上場のイノベーション企業50社のリストで、新たな事業を構想する上では“宝の山”と言える。筆者が所属するドリームインキュベータでは毎年、このDisruptor 50のリストを分析しており、この記事では「日本企業が事業創造を行う上で、Disruptorたちのどこに学ぶべきか」をテーマに、本リストを紹介したい。
「Disruptor 50」とは?2019年版の50社は
Disruptor 50とは、米国のビジネスメディアCNBCが選出している、世界を変革するイノベーティブな未上場企業50社のリストである。イノベーション研究の第一人者60名から構成される委員会が選考を行い、今年は1,200社の候補の中から50社が選出された。
このリストの特徴は、現在の業績ではなく各企業の成長ポテンシャルを重視した評価を行っている点にある。あのUberやAirbnbも早期からこのリストに選出されており、ビジネスの最先端の潮流を把握し新たな事業を構想する上で、ぜひ参考にすべきリストである。今年で7年目を迎え、もはや英語圏にとどまらず日本語圏でも広く参照されるようになってきた。
下記が2019年のDisruotor50の企業である。
もし「見慣れない企業が多いな」と感じた方は危機感を持ったほうがいいかもしれない。今年のリストに選出された企業は、すでに日本語でも紹介されているものがほとんどである。特に筆者の周りの起業家たちは、こうした企業のビジネスモデルは当然のように研究しており、優れた点を貪欲に取り入れている。新たな事業を考える際に、国内外の先端事例を抑えておくのは大前提だからである。
とはいえ企業の概要を眺めていても、Disruptorたちのどこを研究すべきか、とっかかりが見えない。
そこで筆者が提案したいのが、「Disruptorたちがどの領域でイノベーションを起こしているのか」に着目してリストの企業を分析する方法である。すると、特筆すべきイノベーションの潮流があることが分かってくる。その潮流とは、ひとことでいうと「マーケティング・イノベーションの勃興」である。
マーケティング・イノベーションの勃興
まずは下記のスライドをご覧いただきたい。
イノベーションは、「(1)テクノロジー」「(2)ビジネスモデル」「(3)マーケティング」の3つの領域に分類することができる。この切り口でこれまでのDisruptor 50の企業を分類すると、興味深いことにここ数年で「(3)マーケティング」領域でイノベーションを起こしている企業の数が急増していることが分かる。
背景にはスマホの普及が一段落したことがあるだろう。配車マッチングアプリのUberや、FacebookやTwitterなどのSNSは、スマホの普及を受けて爆発的に成長した「(2)ビジネスモデル」のイノベーションである。しかし、スマホの普及が後押しになるようなビジネスモデルは過去のDisrupterたちによって多数開拓され、「(2)ビジネスモデル」のイノベーションの余白が小さくなってしまった。
その結果として、イノベーションの領域が「(2)ビジネスモデル」から「(3)マーケティング」にシフトしつつあるのではないだろうか。ではこの領域でどのようなイノベーションが起きているのか。実は、マーケティング領域のイノベーションを見ていくと、トラディショナルな事業を展開している企業にこそチャンスがあることが分かってくる。
ここからは個社の事例を深堀りして、「日本企業がDisruptorたちのどこに学ぶべきか」紹介したい。
Disruptorは「課題の切り取り方」がうまい
マーケティング領域のイノベーションは、単に事業の概要を見るだけでは実はなかなか理解が難しい。なぜならこの領域のイノベーションは、単に「新しい売り方をしている」という表層的なものではなく、その業界が抱える課題の解決と深く絡み合っているからである。
そして、Disruptorたちはその課題の切り取り方が非常にうまい。
たとえば#25 Fanaticsは、「スポーツのファングッズの企画・販売」を行う、一見するとトラディショナルな事業である。しかしスポーツビジネスの課題に着目することで、ソフトバンク・ビジョン・ファンド等から1,000億円を調達し、時価総額は5,000億円を超えている。
#8 Casperが取り組んでいるのは「マットレスのオンライン販売」という、これまたトラディショナルな事業だ。しかしこのCasperは、従来のマットレス販売にまつわる課題を解決することで、今年の3月に時価総額が1,000億円を超えユニコーン企業となった。
上記の企業は、トラディショナルなビジネスモデルであるにも関わらず、課題の切り取り方を工夫することでイノベーションを起こし、事業を爆発的に成長させた。こうした取り組みは日本企業が事業創造を行う上でのお手本になるはずである。
ポイントは「顧客体験へのフォーカス」と、それに伴う「消費者のファンクラブ化」である。以下、個別の企業を取り上げながら紹介する。
Fanaticsは垂直統合で顧客体験を改善
スポーツに特化したファングッズを企画・販売するFanatics社がDisruptor50に選出されたのは、「顧客体験を徹底的に追及している」ところに理由がある。
スポーツでは、有名選手の移籍やチームの優勝など、ファングッズのニーズが急増する記念的な瞬間が存在する。ただし、そのタイミングに合わせてグッズを販売するのは難しい。通常、企画はスポーツチーム、製造はメーカー、販売は提携先の小売店というようにバリューチェーンが分断されているため、どうしてもグッズの生産に時間がかかるからだ。また過剰な在庫を抱えるのを避けるために、グッズの生産には慎重にならざるを得ない。
だがFanaticsは企画から販売までのバリューチェーンを自社で垂直統合することで、この課題を解決している。たとえば2018年にMLBのエンゼルス 大谷翔平選手が新人王を獲得した際には、発表の24時間以内に記念グッズを店頭に陳列し話題を集めた。
Fanaticsは、チームが優勝した時にオンラインでの注文からUberを使って即時配送を行うなど、顧客体験に徹底的にこだわる。MLB、NFL、NBAなどの300以上のプロリーグやチームと提携しており、注文をすべてさばけるように工場をいくつも買収して統合するなど実行力も突出している。
「ファンビジネス」に余白あり
Fanaticsの顧客はスポーツのファンである。ファンは自分が好きなグッズなら、数万、数十万円の支出もいとわないので、事業者側から見ると非常に魅力的な消費者である。
日本には、こうしたファンをターゲットにした産業にまだまだポテンシャルが存在している。
スポーツの例でいうと、MLBと日本プロ野球だと収益に5倍もの差がある。そこには、放映権の管理構造や買い手の数の違いなどさまざまな要因があるが、たとえば1試合当たりの顧客動員数は両者ともに同程度なのに販売されるグッズの数は8倍も違うなど、ファンビジネスがそもそも未成熟であることも一因だ。
ところで「ファンビジネス」と聞いて「自社の事業とは無関係だ」と思われてはいないだろうか?ファンビジネスはスポーツや芸能、コンテンツビジネスにとどまるものではなく、多くの業界で展開可能である。
実際に今年のリストに登場している企業中にも、消費者のファンクラブ化を成長エンジンにしている企業が多数存在する。当社ドリームインキュベータが支援し、米国展開で話題となった「こんまり」の現象も、その本質は「片づけ」という日常的な行為を切り取ったファンクラブビジネスである。
ここからは#8 Casperについて掘り下げながら、消費者のファンクラブ化の事例について見てみよう。
【次ページ】Casper、Lemonadeらに学ぶイノベーションの起こし方
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