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組織でイノベーションを起こすために、必要な人事戦略とは何か。早稲田大学 ビジネススクール准教授で『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)などの著書で知られる入山章栄氏は、「知の探索」を促す人事が必要だと語る。その理由はどこにあるのか。
イノベーション=戦略=人事
国際的な経営学の視点から入山氏が指摘するのは、「日本の企業では人事の戦略化が足りない」ということだ。従来の日本の仕組みでは、人事が戦略の位置ではなく、トップダウンの仕事をこなすだけの部署になっている場合が少なくない。
「会社は人でできているわけですから、会社の戦略において、どういう人材を確保して育成するのかは、一番重要な課題のはずです。これからの時代は、CEOと会社の戦略を議論できるようなCHRO(最高人事責任者)が必要です」(入山氏)
そこで入山氏が提案するのは、「イノベーション=戦略=人事」という考え方である。戦略と人事を紐づけて考えるべきだという議論は日本でも高まっている。それに加えて、これからの時代は「戦略=イノベーション」でもあることを、人事の担当者は理解する必要があるという。
イノベーションというとR&Dやマーケティングのイメージが強い。だが入山氏は、新規事業を立ち上げることや、新しい企画を実行すること、日々の業務改善など、会社組織が始める新しいことのすべてがイノベーションであると語る。
「その最大のカギになるのは、特に日本企業の場合は人事だと理解しています。人事は戦略であり、戦略はイノベーション(を起こすためのもの)だからです。戦略人事という言葉は重要ですが、あえて言うなら『イノベーション戦略人事』が必要なのです」(入山氏)
「知と知の組み合わせ」がイノベーションを起こす
それではイノベーションを起こすためには何が必要なのだろうか。
イノベーションの基本原理は「知と知の新しい組み合わせ」だと入山氏。「既存の知」と別の「既存の知」の新しい組み合わせが、「新しい知」を生み出す。
これはイノベーションの父と呼ばれる経済学者ジョセフ・シュンペーターが「ニューコンビネーション(新結合)」として、80年以上間から提示した考えであり、今でも世界のイノベーション研究では、その根底にある原理の一つだという。
「日本企業は歴史の長い会社も多く、そう言った会社は同じ業界にいて、同じ事業を何十年も続けてきました。加えて、多くの企業は長い間、新卒一括採用で終身雇用でした。同じような人ばかり採用して、そういう人が同じところで何十年も一緒にいるわけです。そういう場所では、知と知の組み合わせは結合をある程度終えているので、イノベーションは決して生まれません。これを脱却するためには、自分から離れた『遠くの知』を探索して、それを自分が持っている知と組み合わせることが決定的に重要です。これが『知の探索』(exploration)です」(入山氏)
「知と知の組み合わせ」の一例が、「トヨタ生産システム」だ。これは、日本の自動車生産と米国のスーパーマーケットの仕組みという、関係のない2つの視点が組み合わされて生まれたシステムである。
伝説の技術者と言われるトヨタ自動車工業の元副社長・大野耐一氏が米国のスーパーマーケットの方式を知った際に、モノや情報の流し方が自動車生産に応用できると考え、組み合わせたのだ。
もう一つの例がTSUTAYA(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の始まりだ。こちらはCDレンタルに消費者金融の視点を取り込んだ形である。創業者の増田宗昭氏は、消費者金融のビジネスを見て、CDシングルのレンタルビジネスが成功すると予想したという。TSUTAYAが創業した当時のCDシングルは1000円程度。CDを1000円で仕入れて、3日間100円で貸せば、元金1000円の1割を取れることになる。
「イノベーションは、一見関係ないもの同士を組み合わせることで生まれるため、『知の探索』が必要なのです。そして、組み合わせの結果、儲かりそうなところがあればそこを深掘りしていきます。これが『知の深化』(exploitation)です。知の探索と知の深化をバランス良くできる企業では、イノベーションを起こせる確率が高くなります。これを『両利きの経営』(Ambidexterity)といいます」(入山氏)
だが、儲かりそうなところを深掘りすれば少しは利益が得られてしまうため、企業は「知の深化」に偏る傾向があると入山氏は指摘する。知の深化に偏り、知の探索が行われなくなると中長期的なイノベーションが枯渇する。これが「競争力のわな(Competency Trap)」と呼ばれるものだ。
昨今の大手企業では、新規事業を立ち上げ、1~2年は知の探索をしていたものの、3~4年目になって予算が不足し、結局は知の深化に偏ってしまう傾向が見られるという。この場合、本来は知の探索を徹底的に促す施策が必要である。
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