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- 2018/09/07 掲載
ESG経営事例を3社が語る 丸井、NEC、東京海上の取り組みと成功のカギ
Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の三つの言葉の頭文字を取ったもののこと。「持続可能な社会」に向けて、企業の業績だけでなく環境や人権問題などへの取り組みを考慮する指標。
丸井グループを変えた、ESGの三層構造とは何か
丸井グループ 代表取締役社長 青井浩氏は、「丸井グループはESGのフロントランナーを目指して、2015年ごろから本格的な取り組みを始めた」と語る。ESG投資が進むと長期投資が進み、長期経営がやりやすくなると考えたためだ。
「私たちは、企業価値をすべてのステークホルダーの利益の調和と考えていますが、ステークホルダー間の利益は、短期間で見ると対立しがちです。そこで長い時間軸で経営を行うために、長期投資の存在が欠かせなかったというわけです。また、ESGの取り組みを進めることで、サスティナビリティ経営に進化できるのではないかという考えもあります」(青井氏)
では、具体的にESGの取り組みをどのように進めていったのか。それについて、上から「情報開示」「取り組み」「企業文化」と積み重なるESGの三層構造の図を用いて青井氏は話した。そして、その3つの層についてそれぞれ説明が行われた。
まず一番上の層、「情報開示」だ。
丸井グループでは、「共創経営レポート」を初めとして、サスティナビリティーやダイバーシティー、ガバナンス、環境保護などに関わるさまざまなレポートを作成し、開示している。
また、2016年の10月からは、情報開示の体制を拡充するために、ESG推進部を設けた。
「グローバルな格付機関であるダウ・ジョーンズ・インデックスなどに選定されるためには、膨大な数の質問に英語で答える必要があります。私どもの担当者は『2000本ノック』と呼んでいましたが、それだけ多くの数の質問に英語で答えなければならず、とても片手間でできる仕事ではなかったため、ESG推進部を設置しました」(青井氏)
このように情報開示の体制を強化したことでESGの格付機関による評価も改善され、中でもそれまで評価の低かった「社会〔Social〕」を大きく改善できたと青井氏は話す。
顧客:幅広いサイズのPB&ファイナンスの民主化
次に、2番目の層、「取り組み」だ。丸井グループではメインテーマを「インクルージョン(包括)」とし、さらに国連のSDGsと関係付けることで重点テーマを4つに再編、取り組みを始めた。講演では、その中でも特に社会〔Social〕の分野、「お客さまのダイバーシティ&インクルージョン」と「ワーキング・インクルージョン」について青井氏は紹介した。まず「お客さまのダイバーシティ&インクルージョン」について。丸井グループは2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて、年齢や性別、身体的特徴などを越えてすべての人に楽しんでもらえる店舗、商品、サービスをご提供することを目指した。
「この目標に向けて、2018年5月には東京レインボープライドに参加し、パレードのコースに当たる渋谷の店舗ではLGBTを初めとするさまざまなお客さまを迎えました」(青井氏)
継続的に研修を実施した結果、障がい者や高齢者向けの接遇を学ぶユニバーサルマナー検定を店舗社員のほぼ全員が取得しているという。
さらに商品については、19.5cmから27.0cmまでの0.5cm刻みで16サイズを展開するプライベートブランド(PB)の婦人靴や、身長が145cmから195cm、ウエストが52cmから1メートル51cmのPBスーツなど幅広いサイズを展開。
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さらに、この取り組みには「ファイナンシャル・インクルージョン」も含まれる。つまり、これまで一部の富裕層向けに提供されていた金融サービスを、年齢や収入に関わらずすべての人に提供しようというのである。
丸井グループはすでに2017年から在日外国人留学生向けのクレジットカードの発行(日本初)などに取り組んできたが、2018年9月からは新たに証券事業に参入。すべての人に積立投資を提供するため、日本で初めて、クレジットカードの1回払いで投資信託が購入できるサービスを開始する。
従業員:残業時間は年42時間、数多の指標に選出
紹介された2つ目の取り組みが「ワーキング・インクルージョン」である。丸井グループは2008年ごろから残業削減に着手し、2017年には一人あたり年間残業時間42時間、退職率を6.8%から2.3%へと改善。さらに、意思決定層での女性の登用が遅れていることに課題を感じ、2013年から自ら手を挙げた社員によるプロジェクトでさまざまな取り組みを実施し、女性の上位職志向は4割から7割へ向上、2018年のなでしこ銘柄(女性活躍に優れた上場企業)にも選定された。
これらに加えて丸井グループは2017年からは健康経営に取り組んでいる。健康経営というと、メタボとか禁煙といったイメージが先行しているが、同社はWHOの定義に近い『ウエルネス』『ウエルビーイング』という意味合いで健康経営に取り組んでいるという。具体的には、社員にとっての活力、チームにとってのチーム力向上、企業にとってはステークホルダーの幸福などがその指標だ。
そのために同社は役員や店長、部長を対象としたレジリエンス・プログラムや、健康マスター検定を推奨し、2018年2月には健康経営銘柄にも同社は選ばれた。
「健康経営や働き方改革がどのように企業価値の向上につながっていくか明らかにするのは難題ですが、できるだけデータを取って可視化し、共有できるように心がけております」(青井氏)
こうした取り組みはすべて自ら手を挙げて参加した社員が中心となったプロジェクト活動を通じて進めているという。中でも一番人気が健康経営プロジェクトで、50名募集に対して 260名の募集があった。この5倍の倍率で選出されたメンバーの熱量は非常に大きい、と青井氏は語る。
これらの取り組みを推進した結果、2017年度はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が選ぶ3つのESG指標のすべてに採用されたほか、DJSI AP(ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・アジア・パシフィックインデックス:ESG指標の1つ)にも採用された。さらに健康経営銘柄となでしこ銘柄に選ばれたことで、同社の株価は、年初比で143%となりESGの取り組みが企業価値として評価されるようになったという。
自主性が育つ企業文化をつくるには
最後に青井氏が3つ目、「情報開示」「取り組み」を支える一番下の層として語ったのが「企業文化」だ。「ESGに最も遠いものは『やらされ感』。自主性が重要です。一人ひとりの社員の願いをそのまま素直に行動に移せるような取り組みと、それを支援するマネジメント。これがESGを全社的な取り組みに発展させるのではないかと思います」(青井氏)
そのためには企業文化の変革が必要だと青井氏は語る。指示命令が徹底される縦割り組織から、部署の壁を超え主体的に動く組織へと変わること。この方法論は、共通の答えがあるわけではなく、個々の歴史や条件に応じて考えるしかないという。
「ただし、なぜ弊社ではプロジェクトメンバーの募集で5倍の倍率になるほど自主的に従業員が手を挙げてくれるのかお答えすることはできます。1つは、あらゆる機会を通じて呼びかけること。もう1つは、手を挙げて参加できる場をできる限り設けるということです」(青井氏)
丸井グループでは、あらゆる会議や、研修を、手を挙げて参加する形に変えてきた。また、手を挙げれば業務時間内に参加をできる勉強会や研究会、社内の研修やビジネススクールへの派遣を多数設けている。
加えて、セクショナリズムを排除するために、グループ間の会社や職種を越えて横断するグループ間職変異動を2013年から始め、40%近くの社員が異なるグループ会社、違う職種への異動を経験している。
人事評価では、担当職務以外の全社的な活動や、そうした取り組みを通じた1人1人の成長も評価をする「バリュー評価」を2017年から導入。こうした「手挙げの文化」を培うための努力を粘り強く積み重ねてきたことで、ようやく企業文化の変革が進んできたと青井氏は話す。
3層構造の同時実践で好循環を生む
最後に、ESG経営の実践について青井氏は「情報開示」「取り組み」「企業文化」の3層構造を用い、こう話した。「本来であれば、『企業文化』から順を追って進めていくのが筋ですが、それではあまりにも時間がかかってしまいます。実践的なやり方としては、三層同時進行がよいでしょう」
まず取りかかりやすいのが「情報開示」だ。これを強化していけば、何ができていて、何ができていないのかが客観的にわかってくる。同時に、外部から見てどんなことが期待されているのかということもわかる。こうした理解が進んでくると、「取り組み」の促進につながる。取り組みが進めば、「企業文化」の見直しにも目が向くようになる。企業文化変革の取り組みをあわせて行えば、ESGの取り組みにも活気が出てくる。
「ESGの取り組みが熱量を増した創造的なものになっていけば、必ず成果に結びついてきます。すると、開示できる情報の中身も充実をしてきて、格付が高まったり、賞を受賞したりできるようになりまして、社会的な評価が高まります。社会的な評価が高まると、さらに期待に応えていきたいということで、取り組みがさらに進んでいく。このように好循環を生むことができるでしょう」(青井氏)
【次ページ】NEC、東京海上グループのESG経営事例を紹介、成功のカギは?
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