• 2006/09/25 掲載

【世界のビジネス事情】ベトナムにおけるビジネス展開-日本人の誤解

【ビジネス】

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
  • icon-close-snsbtns
記事をお気に入りリストに登録することができます。
日本の産業界は、BRICsに続き最後の投資の楽園「ベトナム」に注目している。既に先行投資をはじめている企業も数多い。しかし、一概に成功しているとは言えない状況だ。それはそもそもベトナムに対する日本人の誤解が原因だとインドネシア中央銀行 政策アドバイザー 細川大輔氏は指摘する。本連載ではベトナムのビジネスの現状や今後の展開に関して届けする。

低迷するベトナム向け投資
【ベトナムビジネス】
インドネシア中央銀行 政策アドバイザー
細川大輔

1951年大阪府生まれ。
76年旧日本債券信用銀行に入行。現在、
インドネシア中央銀行政策アドバイザー。
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士。
 ベトナムへの投資ブームが起こってから早や10年余りが経過する。1986年12月に、ベトナムはドイモイ(革新)路線を採択、対外開放と市場経済化に踏み切った。しかし、新政策が実際に動き出すには、1991年のカンボジア和平協定の調印まで待たねばならなかった。その後、日本の対ベトナム援助再開(1992年)、アメリカの対ベトナム禁輸措置解除(1994年)を契機として、新興投資対象国ベトナムは、急速に脚光を浴びていくことになる。

 「最後の投資の楽園」とまでもてはやすベトナム紹介本が、書店に溢れたのはこの頃だ。1995年にこの流れはピークに達し、トヨタ自動車、富士通、三洋電機、スズキ自動車、ペンタックスなど大型製造業が相次いで進出、ベトナムへの直接投資額(認可ベース)は前年比で倍増していった。ところが、1998年を境に投資熱は急速に冷え込み、2001年にやや持ち直したものの、低迷状況から脱することなく現在に至っている。

 低迷の要因としては、アジア経済金融危機の影響もあるが、基本的には、投資家が期待したほど投資環境が整っていなかったことが多くの関係者から指摘されている。
 筆者自身も、当時勤務していた日本の大手銀行から派遣されて、1996年から約3年間、ホーチミン市で合弁リース会社の経営を経験し、現地の様々な問題と格闘した。さらに、1999年銀行退職後は、金融分野のJICA専門家(注1)として、ベトナム中央銀行等において、日本の対ベトナム技術支援の現場を3年間経験した。こうした官民両面での体験を踏まえて、このたび、早稲田大学白石昌也教授等との共著『ベトナムの対外関係―21世紀の挑戦-』 (注2)を刊行した。共著者は同教授のほか、当時ハノイ在勤の新聞社特派員、JETRO事務所駐在員である。本稿では、拙著の紹介を兼ね、ベトナムでのビジネス展開における留意点についてお話ししたいと思う。


ベトナムビジネスの現実
 1996年、初めてベトナムの地を訪れた筆者は、空港からハノイ市内へと向かう車窓の景色に心を奪われた。水牛ととんがり帽子のノンがエキゾチックではあったが、穏やかな稜線を持った山並みの前に広がる緑の水田は、日本の典型的な田舎の風景そのものだった。ホテルに到着し、レストランでベトナム料理を注文すると、ナイフ・フォークではなくお箸が出てきて、料理の味付けも中華風ではなく、「フォー」などはまるで日本のうどんのようだった。

 翌日、カウンターパートである国営銀行を訪れると、建物は古くて手狭なものの、若い行員がきびきびとかつ丁重に応対してくれた。日本の若者にはあまり見られなくなった態度だ。ベトナム人は、いまでも年長者に対する礼節を心得ている。こうして、しばらくの滞在期間中に、筆者は他の多くの日本人ビジネスパーソン同様、すっかりベトナムびいきになってしまった。

 ところが、合弁会社がスタートし実際に事業を始めてみると、そんなはずではなかっと思うような出来事が噴出してきた。われわれ合弁リース会社の営業方針は、外資系企業との取引を柱とするものの、地場の顧客としては、慢性的な赤字を抱えているような国営企業ではなく、今後の発展が期待できる民間企業との取引を拡大することだった。ただ、リース事業は銀行の与信業務と同様、顧客の返済能力を審査する必要がある。将来性があるとはいえ、一般的に銀行との取引経験のない民間企業を、どのようにして評価するのかが課題だった。

 まず、設備投資にリースを希望する民間企業から、会社の概要、財務状況、投資計画の資料提出を求めた。ところが、会社概要や投資計画書なるものを用意している企業は皆無である。そのため、ヒアリングによって当社が作る形になった。次に、決算書はあってもまず信用できない。筆者のスタッフで地場銀行の出身者が説明するところによれば、企業の決算書は、税務署用、銀行用、自らのためのものと、3種類あるようだ。われわれは銀行用の、実情より良く見せかけた決算書から、本来の姿を見抜かなければならない。仕方なく、工場訪問の際、電気代や水道代の領収書のコピーを徴求し、その金額と機械の台数から工場の稼働率を計算し、経営状況を推測することを試みた。

 苦労のすえ、何とか企業の経営状況を把握できても、それだけではまだまだ判断できない。たとえば、その企業の収益力を評価しようとすれば、その企業の属する業界の平均的な収益率を知り、当該企業の収益率と比較する必要がある。また、業界での地位を知ろうとすれば、その業界全体の市場規模を知り、当該企業の売上高から市場占有率を計算する必要がある。すなわち、企業審査には企業が属するセクターの産業情報が不可欠なのだが、これがほとんど入手できない。その原因は、計画経済時代から、すべての経済、産業、企業情報を国家が独占してきたため、ビジネス情報が民間に存在しないからである。経済活動の市場経済化が進んでも、情報の市場経済化はほとんど進んでいないのだ。

 こうした手探りの営業では、地場民間企業へのリース案件は積みあがらない状態が続いた。しかも、しばらくして、ベトナム政府は民間企業セクターの拡大、発展を口では唱えているけれど、現実には国営企業主導の政策運営を堅持しており、その結果、民間企業、特に民間製造業の発展は足踏み状態にあることがわかってきた。

 ちなみに、『ベトナムの対外関係―21世紀の挑戦―』第4章では、ドイモイ路線における経済成長の原動力は、国営企業の活性化によるものであって、民間部門の拡大によるものではなかった点を強調している。
 また同書では、2000年1月より施行された企業法により、新規に設立された民間企業数が数字の上では増加しているが、実際には既存の企業を登録した部分が大きく、またサービス業が中心であるため、工業化・近代化に寄与すべき製造業の民間企業数は、それほど伸びていない点も指摘している。
【ベトナムビジネス】
 次に、合弁リース会社の業容を拡大するためには、リース物件を購入する資金が必要である。設備投資のリース期間は3年程度の長期なので、調達資金も同様の長期資金が必要となる。ところが、ベトナム国内で現地通貨ドンの長期資金の調達が容易ではない。合弁相手の国営商業銀行に泣きついたが、合弁企業へのドン建て長期貸付が規則で認められていないとの理由で、当初は断られた。真相は、貴重な長期資金を国営企業に割り当てるため、当社には回ってこなかったようだ。

 そもそもベトナムのような途上国では、担保制度等の未整備から、産業を興すために必要な長期資金の調達が困難である。そのため、われわれ海外金融機関は、リースの手法を利用して、担保なしで(代わりにリース物件の所有権を確保)長期資金を提供できるようにするため、ベトナムに進出したのだ。そうした合弁リース会社が、みずからの長期資金の調達で苦しむという、笑うに笑えない状況に一時は陥ってしまったのである。

 ベトナムの国営銀行は、形の上では商業銀行化し、コマーシャルベースの与信を実施していることになってはいるが、内実はいまでも指令融資、つまり政府の指示による政策融資が続いている。それらのなかには、前向きの国家プロジェクトに対する融資もあるが、同時に、赤字国営企業の単なる尻拭いに使われる部分も大きい。その結果、相変わらず不良債権を再生産すると同時に、民間企業の成長のための資金需要に応えていない。近著『ベトナムの対外関係』では、「国営企業の8割は財務上不健全であり、銀行融資をストップすればすぐに倒産する」との、某国営商業銀行取締役のショッキングな話を紹介している。

 以上は、筆者の金融業界での体験であるが、製造業においても、指令経済から市場経済へ移行したとはいえ、まだまだ社会主義計画経済時代の発想が垣間見えることがある。たとえば、2002年に起こったモーターバイク部品の輸入割当が急に変更されたケースがある。ベトナム商業省は年央の9月、突然バイクメーカー各社に対し、2002年のバイク部品輸入割当数を変更した。

その割当数は、当初の輸入計画を大きく下回るものであったため、同国の裾野産業の未発達から、部品の大部分を輸入に頼らざるを得ない日系各社は、生産の縮小、あるいは停止に追い込まれた。公式には、この措置は急増する輸入を抑えるためとの説明だったが、市場では、圧倒的なシェアを握る日系メーカーを困らせ、中国バイクの輸入組み立てを業とする国内組み立てメーカー(軍傘下の国営企業を含む)を優遇する政策であるとの見方が有力だった。このため日系メーカーから、ベトナムの産業政策は透明性にかけ、将来の予測可能性にかけるとの不満が噴出したのである。


(注1)日本の政府開発援助(ODA)のうち、独立行政法人国際協力機構(JICA)が実施する技術協力事業を、直接現場で担う様々な分野の専門家の総称。

(注2) 平成16年9月、暁印書館発行

関連タグ タグをフォローすると最新情報が表示されます
あなたの投稿

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます