- 2006/06/26 掲載
【世界のビジネス事情】経済でも変化を遂げるラテンアメリカ諸国
望まれる日本の積極的対応

神戸大学理事(副学長)・経済経営研究所教授
西島章次
Nishijima Shoji
[略歴]
昭和24年 神戸市生まれ。
昭和53年 神戸大学経済学研究科博士課程修了(平成6年、経済学博士)
昭和53年 神戸大学経済経営研究所 助手
昭和56年 同 助教授
平成6年 同 教授(現職)
平成14年4月~16年3月 神戸大学経済経営研究所長
平成10年~平成16年11月 ラテン・アメリカ政経学会理事長
平成17年2月~現在 神戸大学理事・副学長(教育、国際交流担当)
[専攻分野]
ラテンアメリカ経済論・開発経済学
[最近の研究領域]
ラテンアメリカマクロ経済問題、ラテンアメリカの地域経済統合、開発における政府と市場の役割
[フィールド]
ブラジルを中心としたラテンアメリカ諸国
[主著]
『ラテンアメリカ経済論』共編著、ミネルバ書房、2004年4月
East Asia and Latin America: The Unlikely Alliance, 共編著, Rowman & Littlefield, Publisher, March 2003.
『ラテンアメリカにおける政策改革の研究』共編著、神戸大学、2003年。
『アジアとラテンアメリカ-新たなパートナーシップの模索』共編著、彩流社、2002年。
『90年代ブラジルのマクロ経済の研究』共著、神戸大学、2002年2月。
ラテンアメリカの経済改革の進展
80年代のラテンアメリカ諸国は高インフレ、対外累積債務による深刻な経済危機に直面していた。
このため、多くの日系進出企業が撤退を余儀なくされ、現在でも日本企業にはこの時の苦い経験が記憶に残っていると言われている。ラテンアメリカはリスクが大きく、日本企業のビジネスには向かないというイメージだ。
しかし、ラテンアメリカは90年代からの急激な経済改革によって、かつてのイメージを払拭している。マクロ経済の安定化、貿易・資本の自由化、民営化、規制緩和、地域経済統合などが予想を遥かに上回る速度と規模で実施され、90年代を通して良好な経済実績を実現している。
もちろん、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなどで過度の資金流入が金融不安や通貨危機をもたらしたことは記憶に新しい。また、政治的不安定さ、貧困などの社会的問題、さらにはガバナンスの問題が解消されたわけではない。しかし、ラテンアメリカ諸国が生まれ変わりつつあることは確かなことで、日本企業のラテンアメリカへの認識がそうした現実に追いついていないことも事実である。
たとえば、'90年にはアルゼンチンで1,344%、ブラジルで1,585%、ラテンアメリカ全体でも実に1,191%であったインフレ率は、アルゼンチンのカレンシー・ボード制('91年)やブラジルの「レアル計画」('94年)などのインフレ抑制策が功を奏し、'04年には7.7%と、劇的な改善を見せている。現在では、高インフレ国はないといっていい。
さらに、貿易自由化の進展も驚異的だ。図1は各国の平均関税率の推移を示したものだが、80年代中頃までは、市場の保護と政府主導型の開発戦略が主体であり、確かに各国ともに高い関税率を課していた。しかし、'99年の時点では、いずれの国も10%前後にまで低下させており、アジア諸国が30年以上を費やした貿易自由化を極めて短期間で実現したことがわかる。

図1 ラテンアメリカ諸国の平均関税率(%)
こうした貿易自由化に後押しされ、ラテンアメリカ諸国では貿易額が急増している。図2が示すように、たとえばメキシコは'94年に発足したNAFTA(北米自由貿易協定)効果もあり、90年代だけでその輸出額は3倍となった。他の諸国も輸出の伸長は目覚しく、ブラジルでは特に中国への輸出急増によって、'00年~'04年で70%強の拡大となっている。

図2 主要品の輸出額の推移(億ドル)
さらに、顕著なのは直接投資の実績である。図3に見るように、90年代初頭からの資本市場の自由化とともに'99年まで拡大を続け、'93年の103億ドルから'99年には800億ドルにまで急増した。その後、ブラジル、アルゼンチンで通貨危機が生じ、一時的な落ち込みを見せたが、'04年には400億ドル程度に回復し、今後も拡大傾向にあると予想されている。

図3 ラテンアメリカ諸国への直接投資(億ドル)
ラテンアメリカへの直接投資が急増した理由としては、直接投資規制の撤廃やマクロ経済の安定が基本的な背景として指摘できるが、直接投資の約4割が民営化関連であったことも重要である。ラテンアメリカでは、インフラや金融部門などで民営化が進展し、90年代にはインフラ部門だけでその売却額は3,800億ドルに達したとされている。こうした民営化分野には、これまでラテンアメリカへの直接投資の主役であった米国、ドイツ、英国、フランスのみならず、スペイン、オランダ、ポルトガルなどが積極的に進出している。
中でもスペイン企業が突出しており、携帯・固定電話、電力、金融などの分野で目立っている。
さらに、ラテンアメリカにおける地域統合が進展したことも重要な要因として挙げられる。メキシコではNAFTAの結成、ブラジルやアルゼンチンではメルコスール(南米南部共同市場)結成以後、域内貿易や欧米からの直接投資の拡大が著しい。地域統合による巨大な経済圏の形成をにらんだ企業進出とM&Aが展開しているといえる。
いずれにせよ、80年代後半から始まった経済改革は、ラテンアメリカ諸国のマクロ的安定を実現するとともに、急激な経済自由化と地域主義を推進させ、かつてない速度で貿易と投資の拡大を実現している。
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