- 2024/07/19 掲載
インサイト:「安易な救済」静かに転換、日本が進める中小企業の新陳代謝
[各務原市(岐阜県) 19日 ロイター] - 岐阜県にある藤田斉さんの会社は1952年の創業から半世紀、金属を削り出して部品を作るよくある家族経営の工場だった。だが10年ほど前に県内の企業を買収し、さらにもう1社を傘下に収めて事業の拡大を図った。日本の中小企業としては異例の動きだった。
藤田社長は「地方の製造業はM&A(合併・買収)が進まなければ近いうちに3分の1、あるいは半分に減っていくと思う」と話す。「国力も、ものづくり産業としては落ちていく」と語る。
低い経済成長と人口減少が続く日本で、中小企業の多くは政府の支援と超低金利下の借り入れに支えられてきた。雇用の約7割を占めるこうした企業は今、コロナ禍で一時的に手厚くなった公的支援がなくなり、「金利のある世界」が17年ぶりに復活する中、再編の波に飲み込まれようとしている。
経営不振に陥った企業を安易に救済するようなことはしないーーロイターの取材に応じた政府関係者3人はそう語った。できるだけ倒産を避け、雇用を守ろうとしてきた日本の当局者の発言としては異例と言え、企業の新陳代謝がなかなか進まないことへの焦りのように聞こえる。
人手不足が顕在化する中で、業績不振の企業を整理することは日本が労働力と投資を生産性の高い企業に振り向けることにつながり、賃金と経済成長を押し上げることになると、同関係者らは語る。倒産は排除しないが、M&Aを通じてこうした変化が起きるのが望ましいと、政府関係者の1人は言う。
藤田社長が経営する坂井製作所は、3年半前に2社目を買収するに当たり政府が設置した事業継承の相談窓口を利用した。同窓口が提案する形でコンサルタントを雇い、費用の半分を国が負担した。「私の一つ前の世代だと、技術者としてものづくりを経営している人が多い。他社を買うときに自分の技術が直接役に立つことは少ないと思う」と、藤田社長は言う。
<「目立たない形で進める」>
帝国データバンクが昨年11月にまとめた調査によると、日本では6社に1社が「ゾンビ企業」(2023年11月末時点)。事業活動や金融資産などからの収入で支払利息を3年連続でカバーできなかった設立10年以上の企業をそう定義している。
政府は今年3月、金融機関に対し、取引先支援の軸足を従来の資金繰りから事業再生に移行するよう要請した。生産性の低い企業の退出を促す「新陳代謝」という表現は直接用いていないが、政府関係者の1人は倒産が増えてもやむを得ないかとの問いに対し、「そのとおりだ」と答えた。
経済産業省は政府の方針について書面で取材に回答し、「資金繰り、コスト増に対応する価格転嫁対策を通じて中小企業の経営を支えつつ、経営者自らが状況を打開して、生産性向上や設備投資などを通じて『稼ぐ力』を高めることが重要」と説明した。
「失業率が上がってしまうような不適当な水準での倒産増加が起こらないよう注視するともに、人手不足対策、資金繰り対策、コスト増に対応する価格転嫁対策を通じて、地域の中小企業・小規模事業者の経営を支えていく」とした。
日本の平均賃金は、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均を下回る。生産性を表す1人当たりの国内総生産(23年)は年間3万3834ドルで、これもOECDの平均に及ばない。政府関係者の1人は「目立たない形でゆっくりと静かに進める」とし、「生産性を上げないと日本の未来は暗い」と述べた。
「政府は、小規模事業者への支援を放棄したとみられることのないよう留意しており、労働者が成長企業に移籍しやすくするなどのセーフティネットを通じて、小規模事業者の廃業に伴う不利益の緩和に努めている」と、中小企業の事業再生やM&Aに詳しい大江・田中・大宅法律事務所の大宅達郎弁護士は指摘する。
<低金利下の事業モデル崩壊>
それでも、日本が受け入れ可能な「創造的破壊」には限界がある。地方によっては生産性が低くても地域にとって重要な企業があると、前出とは別の政府関係者は話す。
自動車部品工場などが多い群馬県の桐生信用金庫は昨年2月、融資先企業の経営改善を支援する部署を作った。かねてから苦境に直面していた企業が無担保・無利子の「ゼロ・ゼロ融資」などでコロナ渦を乗り切ったものの、コロナ前から抱えていた問題がここに来て噴出しているのが「今の状態だ」と、原田隆・融資部経営サポートセンター長は話す。
同信金は23年4月から1年間で、21件の経営改善計画の策定を支援した。 政府のコロナ支援が終わるとともに物価が上昇する中、取引先の多くは値上げが必要だが、顧客離れを恐れて実際に価格の引き上げに動くのは3割程度だという。企業再生の世界では、改善案件を100件手掛けて成功するのは3、4件だと原田さんは説明する。
神奈川県川崎市にある老舗の洋菓子メーカー、泉屋東京店は再生に成功した事例の一つだ。父親の死後に跡を継いだ泉由紀子社長が、10年間続いた赤字を乗り越えた。本社を東京から移転し、コストを削減、価格を引き上げた。新商品の開発にも着手した。
「父は、長年のやり方から抜け出した生産性の向上についての考えが違った」と泉社長は話す。現在は、顧客層の幅をさらに広げていくため、外国人観光客をターゲットにする方法を模索しているという。
東京で写真スタジオと美容院を経営する松家正幸さんは2年前、円安による経費の上昇に大きな不安を覚え、事業を抜本的に見直すことを決意した。オンラインマーケティングに関するあらゆる情報を収集し、広告費を年間3000万円削減、リピーター客をターゲットにしたキャンペーンに集中することで売り上げを伸ばしてきた。
「外からみれば写真スタジオだが、実際のところ今ではほとんどがキャンペーンマーケティングの事業だ」と松家さんは話す。
帝国データバンクによると、24年上半期の倒産件数は4887件とここ10年で最多となった。しかし、負債総額は2年連続で前年同期を下回り、比較的小さな企業の倒産が多いことが分かる。
中小企業を中心にコンサルティング業務を手掛けるNCコンサルタンツの野呂泰史社長は、中小企業には厳しい経営環境だとした上で、「値上げができるのかといったらそれほど大手のように強気にはなれない状況で、かなり利益を圧迫する要因になっていると思う」と語る。「低金利で持っていた中小企業のモデルが崩れつつあると感じる」。
(山崎牧子、David Dolan、清水律子、Anton Bridge 編集:久保信博、田中志保)
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