- 2024/03/31 掲載
焦点:「家計貯蓄活用論」欧州で浮上、投資促進効果に疑問も
[フランクフルト 26日 ロイター] - 米国や中国に負けない経済力を欧州が得るため積極的な投資を促したいと願う政治家たちは、とっておきの「秘密兵器」があると考えている。それは手つかずになったままの家計貯蓄だ。
イタリアは個人投資家向けに国債を販売しているし、フランスでは全欧州的な貯蓄商品が話題になり、英国は国内株投資に税額控除を導入。共通するのは、脱炭素から防衛費増額までさまざまな目標の達成に向けた十分な資金源として貯蓄が存在するという見方だ。政治家らは、こうした資金によって米国や中国との成長格差や生産性格差も埋められると期待する。
しかし貯蓄を投資に振り向けることは、当の預金者に失望をもたらす恐れがあるだけでなく、欧州の経済モデルにおいて投資が消極的な原因となっている根深い欠点を解決する手段にはならないとの声も出ている。
西イングランド大学のダニエラ・ガボール教授は「非常に複雑な問題に対して実に安直な解決策を持ち出すようなものだ」と冷ややかだ。
<眠っているお金か>
欧州の家計部門は長らく米国に比べて貯蓄が多かったが、最近はウクライナ戦争を含めたさまざまな先行き不確実性を背景に、その差はさらに開いている。
こうした中、ユーロ圏で8兆4000億ユーロ(約1379兆円)にも達するこの膨大な貯蓄に着目している政治家の一人がフランスのルメール経済財務相だ。
貯蓄を「眠っているお金」と呼ぶルメール氏は、全欧州的な貯蓄商品に資金を集めて欧州の繁栄に生かしたい考え。フランス議会では、政府保証の預金という道を通じて貯蓄を国内の防衛産業に投入できないかと提案されている。
ただそれで預金者が得をするとは限らない。実際イタリアで中小企業に投資する政府支援ファンドを購入した国民は、過去5年の運用リターンが世界株に投資した場合より約35ポイントも低いことが、コンサルティング会社アナリシスのデータで分かる。
また多くのエコノミストは、貯蓄は銀行にとって重要な資金調達源であって、決して働いていないお金ではないと主張する。
独マックス・プランク社会研究所の政治エコノミスト、ベンジャミン・ブラウン氏は「貯蓄を『眠っている』と考えるのはかなり馬鹿げている。なぜならチャンスがあれば銀行が新規融資に動くのを妨げる要素は何もないからだ」と話した。
欧州連合(EU)欧州委員会と欧州中央銀行(ECB) のデータによると、そのおかげで欧州企業はここ10年近く、自社が抱える問題の中で資金調達をずっと深刻度最下位に位置づけ、投資の全てを賄える収入を生み出している。
むしろブラウン氏やその他の専門家は、欧州で投資が低調なのは米国と比べて成長見通しがさえないことの反映だと主張する。多国籍企業は域外に投資しているので、ユーロ圏は資本流出にさえ見舞われているという。
ナティクシスの欧州マクロ調査責任者ディルク・シューマッハー氏は「(欧州の)企業投資が抑えられているのは、引き締め的な金融環境ではなく、需要不足と多くの構造改革がなされていないためだと思う」と述べた。
シューマッハー氏は、中国との競争やエネルギー価格高騰、高技能労働者が足りないことなども投資する余裕を持てない理由として挙げている。
<我慢強い資金>
幾つかの欧州諸国は国民から直接お金を借りている。
イタリアの家計は昨年、公債の最大の買い手だった。英国は国民向けの新たな貯蓄債を発表し、ベルギーとギリシャに追随した。
個人投資家から資金調達する主なメリットは、彼らが機関投資家ほど「逃げ足」が速いわけではなく、四半期ごとの運用成績も気にする必要がないので満期まで保有し続けてくれる公算が大きいことだ。
そこでブラウン氏をはじめとする何人かのエコノミストは、脱炭素など欧州にとっての長期的な課題に対処する手段の一つとして、目先のリターンを確保しなくても済む政府による投資が有効だとみている。
しかし新型コロナウイルスのパンデミック以降ほぼ財政赤字状態が続く各国政府に、このような我慢強い資金を手に入れる道を提供すれば、財政規律を維持する取り組みが台無しになりかねない。
家計の方も、多くの資産を自国に集中させ過ぎれば後悔するかもしれない。ミラノの投資コンサルタント、マッシモ・ファミュラロ氏は「分散投資をあきらめさせ、自分たちの政府に間違ったインセンティブを与えるという意味で二重の罪がある」と警告した。
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