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- 2010/06/24 掲載
【戦略的マーケティング/第10回】製品開発における市場志向 ~将来を見据えた上で顧客を捉える~
早稲田大学 商学学術院長 兼 商学部長 恩藏直人氏
市場志向における3つの構成要素
Narver and Slater(1990)によると、市場志向は「顧客志向」「競争志向」「職能横断的統合志向」という3つの構成要素に分けて捉えることができる。1. 顧客志向
顧客志向とは、顧客に対して注意を注ぎ、顧客にとっての価値を高めていこうとする志向である。マーケティングの出発点は顧客にあり、その顧客を見据えることをマーケティングの基本姿勢とするこの志向は、マーケティングの本質と一致しており、顧客を重視しようという今日のビジネスの流れとも合致している。
もっとも、顧客志向といえども全面的に支持されているわけではない。顧客志向が強いことによって、イノベーションが阻害されてしまう危険性を指摘している研究者たちもいるからだ(Christensen 1997)。しかし一般的に、顧客志向が製品開発にもたらすメリットは、顧客志向によって引き起こされるデメリットを上回っているものと考えられる。
2. 競争志向
市場志向における2つ目の構成要素は競争志向である。1980年代以降、マーケティングは競争を抜きに論じることができなくなっている。市場の成長が鈍化し、特定企業の成長が他社の犠牲のもとで実現するような市場環境において、競争志向の重要性はますます高まるはずである。自社の顧客対応が適切であっても、競合他社の顧客対応がもっとエクセレントであったなら、顧客の維持や獲得は難しいだろう。今日のビジネスでは、自社のことだけを考えていては不十分なのだ。
競争志向を備えた製品開発では、他社の動きを察知するとともにベンチマーク的発想に基づき、常に他社への優位性を持続したいと願うはずである。こうした組織風土のなかで生み出される製品は、創造的なものになると思われる。
3. 職能横断的統合志向
最後の構成要素は職能横断的統合志向であり、企業内における部門を超えたコミュニケーションや交流の程度を示している。事務系と技術系の価値観は異なるだろうが、こうした価値観の異なる人々が交流すれば、一般に創造性は高まるはずだ。
ヒット製品「のどごし生」を生み出したチームキリンでは、部門や担当の枠を取り払って情報を共有して、最適解を考えていくといった活動スタイルを貫いた(戸田 2006)。複数の部門が同時に製品開発を進めるスタイルをラグビー型製品開発と称し、リレーに例えられた伝統的製品開発との違いが論じられたこともある(Takeuchiand Nonaka 1986)。
市場志向と顧客主導の違い
市場志向について論じていると、顧客主導(Customer-Led)との混乱に陥ることがある。市場や顧客に目を向けるという点ではどちらも似ている。ところが、顧客主導は目に映る現在の顧客を平面的に捉えるのに対して、市場志向では顧客をもっと立体的に捉えている。立体的というのは、目に映っている現実だけではなく、時間的な広がりをもち、将来をも見据えた上で顧客を捉えようというのだ。したがって、注目されるべき顧客ニーズのタイプで比較するならば、顧客主導では顧客の「明言されるニーズ」にフォーカスするのに対して、市場志向では明言されるニーズにとどまることなく「学習されるニーズ」にまで踏み込んでフォーカスすることになる。学習されるニーズとは、顧客に尋ねても顧客が語ることのできないニーズであり、そうしたニーズに対応した製品やサービスが市場に登場すると、顧客たちがニーズの存在を学んでいくといった類のニーズである。
顧客との関係も、顧客主導では顧客から受動的に学ぶというスタイルであるのに対して、市場志向では能動的に提案するというスタイルがとられる。もちろん目指すべき目標も異なっており、顧客主導では目の前に存在する顧客の満足を充足することに主眼が置かれる一方、市場志向では顧客に対する価値創造に主眼が置かれる。両者の行動基盤を一言で対比するならば、前者は現実への対応であり、後者は将来に向けての創造であると言えるだろう。以上の関係は、図表1にまとめることができる。
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