- 会員限定
- 2010/01/22 掲載
【連載】デフレ経済を勝ち抜く攻めのM&A(1)M&Aで打ち手の幅を大きく広げる
M&Aで打ち手の幅を大きく広げる
筆者はコンサルタントの立場から顧客企業の企業再生をお手伝いしている。企業再生のシナリオを「止血」「安定化」「成長」の3段階で作っていく際に、「成長」の解が社内で完結せず、M&Aの提案に至るケースが少なくない。市場全体を見ると、日本のM&A件数は、2006年をピークに減少しており、IN-IN(国内企業同士のM&A)、IN-OUT(国内企業による海外企業のM&A)とも同様の傾向がある。しかしながら、この数は今後増加していくのではないかと筆者は考える。経営環境が難しければこそ「成長」の解を社外に求めるM&Aが積極的に検討されるだろうし、対象会社の業績が悪化し売り手の期待値が正常化している現在はM&Aを行う好機だからである。
本連載では、M&Aを使いこなすために重要な以下のポイントを、最近の事例に即して説明させていただく:打ち手の幅の拡大や業界特有の課題解決などM&Aで狙える効果、競合相手との差別化のために理解しておくべき買い手により異なる優先要素、M&A実行後の統合プロセス(PMI)を成功させるための鍵。
初回である今回は、困難な経営環境の中、M&Aを行うことで打ち手の幅を飛躍的に広げた3社の例を紹介する。
海外展開の橋頭保を築いたキリンホールディングス
「国内市場が頭打ちなので海外市場を開拓したい」という課題に対し、キリンホールディングス(キリンHD)は2007年12月豪州乳製品・飲料大手ナショナルフーズを、フィリピン食品大手サンミゲルから買収した。有利子負債込の買収総額は約2,940億円の大型案件であった。当時、キリンHDの国内酒類市場への依存度は極めて高かったものの、当該市場は縮小していた。2007年6月までの直近12カ月で、国内事業は売上高の85%、営業利益の68%を占め、また酒類事業は売上高の64%、営業利益の70%を占めていた。しかしながら、肝心の国内酒類市場は年々縮小しており、中でも同社の主戦場である国内ビール市場は1996年をピークに2007年まで11年連続で前年比縮小傾向にあった。
同社は、少子高齢化・消費者ニーズ多様化・競争激化・グローバル化・市場・流通構造変化など、予想を超えて加速する経営環境の変化の中で、現状のビジネスの延長線上では成長が限定的という認識の下、本買収の前年2006年6月に長期経営構想KV2015を作成。この長期構想において、同社は「アジア・オセアニアでのリーディングカンパニーとなる」「2015年の売上高・利益で海外比率を30%とする」などの経営目標を設定し、本買収はその一環として実施された。
ナショナルフーズの買収は、オーストラリア首位の乳製品事業の取得という意味に加え、その後の追加買収および輸出を通じたアジア展開の橋頭保の獲得、という意味を持った。
約1年後の2008年11月、同社はナショナルフーズを経由し、豪州乳業2位のデアリーファーマーズを570億円で買収した。この買収により、豪州での乳製品シェアは牛乳で37%から63%へ、ヨーグルトで27%から55%に上昇し、圧倒的な市場ポジションを獲得したと同時に、両社を起点に、加熱処理で常温長期保存を可能とした製品を、インドネシアやマレーシアなど東南アジア向けに輸出する計画もスタートさせた。同地域の経済成長に伴う、乳製品たんぱく質の需要増を見込んでのことである。
翌年2009年5月、ナショナルフーズの売り手であったサンミゲルとの相対およびTOBにより、同社子会社サンミゲルビールの48.4%を取得し、さらに2009年12月にはサンミゲルビールを経由し、サンミゲルの東南アジアでの酒類事業基盤の獲得、およびサンミゲルブランドの海外エリアでの権利の取得を行うなど、着々と追加M&Aを積み重ねている。
これは2007年に実施したナショナルフーズの買収をきっかけに、海外展開を加速し、打ち手の幅を大きく広げた好例である。
関連コンテンツ
PR
PR
PR