- 2008/09/11 掲載
【連載】戦略フレームワークを理解する「イノベーションのジレンマⅠ」(2/2)
過去の成功体験が大きく、
強力なコアコンピタンスを有する成功企業ほど変化への対応を拒む
「業務プロセス・価値基準」と「組織文化」業務プロセス
リーダー企業はなぜ破壊的技術への十分な投資を行えないのか、その理由を別の視点から検討してみよう。その理由は、いまや、リーダー企業の最大の収益源となっている主要事業部の業務プロセスと価値基準に帰着する。高い成長率や収益性を是とするリーダー企業は、人材、設備、技術、さらには流通システム、ブランドやサプライヤーにせよ優れた経営資源を背景に強力なコアコンピタンスを有する。
そして企業はこうした優れた経営資源を活用して成功すればするほど、主要業務用に設計された業務プロセスにのっとって主要業務を遂行することになり、業務遂行もより効率的となっていく。その結果、主要業務用に設計されたプロセスに則って、別の業務を始めることは一層困難になっていく。こうして主要業務用プロセスのルーティン化が堅固なものなるにつれて、そこに異なった業務プロセスを持ち込むことはよほどの収益性を保障するものでなければ持ち込むことが困難となる。
価値基準
ここでの価値基準とは、経営判断や投資判断上の評価基準を意味する。強力なコアコンピタンスを活用して既存市場で強力な競争優位を獲得してきた企業ほど、既存の主要顧客向けの製品開発に投資した方が、収益性においても売上高においてもより高いパフォーマンスを達成しうる見込みが高くなる。こうして一定以上の収益性と売上高を確保してきた成功企業ほど価値基準はより高いものとなり、主要事業の既存技術への投資を優先させる方がより合理的となる。
その結果、成功企業であればあるほど、既存の主要事業にそった価値基準と、新規製品へのリスキーな投資を可能にする価値基準とはますます相容れなくなる。株式市場からの企業価値向上と収益性向上への圧力も、従来型価値基準からの遊離を困難にする。さらに、こうした業務プロセスと価値基準が堅固なものになるにつれて、組織文化も個々の社員のマインドも、より確実で安全な賃金と生活を保障する既存システムを優先し、逆に、それを脅かすようなリスキーな事業への進出を回避するようになる。
こうして、コアコンピタンスを有する成功企業ほど、業務プロセス、価値基準そして組織文化とが相俟って、リスキーな新規事業への投資のタイミングを逸することになる。こうして過去の成功体験は、リーダー企業を既存技術へのさらなる投資に駆り立て、そしてある時期までは持続的イノベーションは確かに利益をもたらす。しかしある時、急速に現れる破壊的イノベーションによって市場のルールを変えられてしまった時、破壊的技術への投資に遅れ、さらに新たな市場のルールによって、顧客に受け入れられなくなった既存技術は、収益性が悪化し、結果として市場のリーダーの地位を失ってしまう。つまり、長年にわたって成功してきた企業ほど、自らの「業務プロセス・価値基準」と「組織文化」によって「破壊的イノベーション」への組織的対応を拒んでしまう。
変化への適応力を創造する
ではリーダー企業は、どうすれば破壊的イノベーションに対応することができるのだろうか。クリステンセンは、組織デザインの視点から以下の3つの方法をとれば、それが可能であると述べている。1.新たな組織構造を作る
従来とは異なる人材やグループが従来とは違う方法、違うペースで共同作業をする必要がある場合、既存の組織から関連する人々を引き抜き、新たなグループを結成し、その周りに新たな境界線を引くことが望ましい。新たなグループは、既存の経営スタイルや企業文化などから影響を受けないようにする必要がある。IBMがディスクドライブ用に新たなグループを作ったことも例として挙げることができる。
2.スピンアウトにより新たな組織能力を創造する
メイン事業の価値基準では、革新的プロジェクトのために経営資源が配分されない場合、企業はそのプロジェクトを新しいベンチャー企業としてスピンアウトするべきである。しかし、この方法が適切なのは、2つの場合に限られる。1つは、破壊的イノベーションによって収益を上げながら、競争力を持つためには別のコスト構造が必要な場合。そして、メイン事業の組織の拡大ニーズと比較すると、現在のビジネスの規模が取るに足らない場合である。この例としては、ヒューレット・パッカード社がメインのレーザープリンター事業から、インクジェット事業をスピンアウトしたことが挙げられる。重要なことは、このプロジェクトがメイン事業のプロジェクトと経営資源を奪いあわないようにすること。また、経営資源の配分時に、通常の意思決定に使われる基準を用いないことにも留意する必要がある。つまり、メイン事業と新たな事業の並立を成り立たせることが重要である。最近、活用事例が増えてきたカーブアウト(Carve-out)方式もこのカテゴリーに入る。
3.買収によって組織能力を獲得する
買収という方法で組織能力を「買う」ことを考える場合も、相手企業は何ができ、何ができないのかという能力を、自社の基準とは分けて評価する必要がある。買収することで手に入れる能力が、独自の企業文化を形成している場合、買収会社は、被買収企業を自らの組織に統合しようとしてはならない。なぜなら、統合によって被買収企業を特徴づける要素が消えてしまうからである。
これらの組織的対応をわかりやすく示した図表については、【連載】戦略フレームワークを理解する第3回「ダイナミック競争戦略論」を参照のこと。
★次回に続く
参考文献:
C.K.クリステンセン(2001)『イノベーションのジレンマ』翔泳社
C.K.クリステンセン・M.レイナー(2003)『イノベーションへの解』翔泳社
C.K. Chritensen(1999), Innovation and the General Manager, Irwin McGraw-Hill.
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部(2000)『不確実性の経営戦略』ダイヤモンド社
湯の上 隆(2006),「日本半導体産業復活への提言」『日経エレクトロニクス』10月9日号
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