LIXILのニューノーマル対応、「ゼロトラスト」や「アジャイル」にどう取り組んだのか
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働き方の変革を阻む、合併会社による「課題」とは?
LIXILは、2011年に国内の主要な建材・ 設備機器メーカー5社が統合して誕生した。現在、トイレや風呂、キッチンなどの水まわり製品と、窓やインテリア、エクステリアなどの建材製品の開発、提供を主力に、多くのグローバルブランドで構成されている。同社のコロナ禍での対応は素早かった。安井氏によれば、「2020年1月に対応チームを組織し、2月にはIT部門から強制在宅勤務を開始、3月には東京勤務者は全員強制在宅勤務を開始した」という。そして、4月の緊急事態宣言下での都内勤務者在宅勤務率は98%に、国内約2万5000人が同時に在宅勤務できる状態となった。
2020年6月には「新しい働き方の従業員アンケート」を実施し、その結果をもとに10月にはニューノーマルに向けた新制度をスタートさせている。こうした一連の対応をスムーズに進められた要因として、安井氏は「在宅勤務などの人事制度をあらかじめ整えていた」「上記制度にあわせて、在宅勤務のためのインフラ・IT機器・マニュアル等を整えていた」といった点を挙げる。
特に、ITインフラについては「クラウドの活用」「ゼロトラスト化」を掲げ、業務アプリケーションにはMicrosoft 365やZoomなどのクラウドサービスを積極的に利用した。しかし、こうした施策を展開するまでには「産みの苦しみ」ともいうべき課題があった。
LIXILは異なる企業文化を持ち、異なる製品群を持つ国内5社が合併して生まれた。「縦割りの組織や国内外に散らばる拠点、クローズドなコミュニケーション、情報格差、デジタル活用の薄さといった課題があった」と安井氏は述べる。さらに、国内ビジネス環境の収縮や、新築着工件数の減少といった外部環境の変化もあった。
「変わらないと、LIXIL」を構成する4つの施策
こうした危機感から生まれたのが「変わらないと、LIXIL」というプログラムだ。これは、2019年11月に発表されたもので、組織としてあるべき姿や、中長期的な課題を包括的に捉えた上で、「顧客志向に変える」「キャリアを変える」「働き方を変える」の3つを重点テーマとして設定し、人事部門が主導して全社展開していったものだ。そして、「働き方を変える」ためにIT・デジタル領域で実施した施策は次の4つの柱からなる。
クラウドサービスの活用 | パブリッククラウドサービス(IaaS, PaaS, SaaS)の活用 |
コミュニケーション改革 | チャットツールの活用などにより、部門・階層を超えて、役職員が直接コミュニケーションできるようになった |
ゼロトラスト・アーキテクチャの実現 | 働き方の多様化に伴い、安全に業務が行えるよう、従来の境界型モデルからゼロトラストモデルへ移行した |
アジャイル・スクラムの採用 | 今までのウォータフォール型からアジャイル型、スクラム体制に移行、刻々と変化する状況が適応し、チームで開発を進めるようになった |
では、「コミュニケーション改革」「ゼロトラスト・アーキテクチャの実現」「アジャイル・スクラムの採用」について、それぞれの取り組みを詳しく見てみよう。
コミュニケーション改革については、2018年1月に「Workplace by Facebook」を全社導入した。「みんなが簡単に使えて、オープンなコミュニケーションができるツールがほしい」とのニーズのもと、無料版から試行し、オープンでスケーラブルな点が決め手となり、全社移行に踏み切った。
「チャットによるチーム内外での気軽なコミュニケーションや各種アナウンス、業務事例共有などから、各種ツールのQ&Aや趣味を含む雑多な会話など、コミュニケーションが活性化しました。コロナ下においても、2020年8月のお盆休み前に約2万1000人が継続的に利用しており、コロナ対応において非常に有効に機能しました」(安井氏)
特に、「在宅勤務のITサポートをWorkplaceグループで実施したのが有効に機能した」ということで、そのほかには、従業員同士の情報交換、在宅勤務やコロナ対策のTipsなどの共有にも有効だった。
一方で、「押印を含む紙の業務も残っており、特に図面の取り扱いは在宅勤務では難しさもある」と安井氏は述べ、「雑談などのインフォーマルコミュニケーションの欠如」「ネットワークの問題解決の難しさ」など、在宅勤務時特有の課題が顕在化したということだ。
境界防御からゼロトラストモデルへの移行
続いての「ゼロトラスト・アーキテクチャの実現」は、働き方改革による多様な働き方には、柔軟で安全な業務環境が必要となるということ。「クラウド利用拡大によるネットワーク帯域の圧迫」「システムの複雑化やサイバー攻撃の高度化」などへの対応として導入した。これは、守るべき情報資産にアクセスするすべてのデバイスのトラフィックを検査する考え方で、社内ネットワークのユーザーも含む、すべてのユーザーが業務データやアプリケーションにアクセスするたびに、生体認証などによる確実な方法でログインを行う。
ゼロトラスト化によって、ダイレクトにクラウドサービスにインターネット接続できることから「クラウド利用拡大による、ネットワーク帯域の圧迫という課題も解決できる」ことが期待されるが、一方で、LIXILは従来の境界型防御でセキュリティ対策を設計しており、ゼロトラストモデルへの移行は大きな投資を伴うという問題もあった。
そこで同社では、「Akamai Enterprise Application Access」(EAA)を導入。これは、社内アプリケーションに対するリモートアクセスのソリューションで、許可されたユーザーとデバイスのみが必要な社内アプリケーションにアクセスできるようにするものだ。
また、コロナウイルス対応時には「急増するVPN経由でのリモートアクセスに対する対応」として、クライアントにインストールする「EAA Client」というモジュールを活用、「EAA Clientの動作検証と、VPNの増強により、約2万5000名分のリモートワークキャパを確保した」という。
さらに、エンドポイントセキュリティも強化し、インターネットへのダイレクトアクセス時のセキュリティを制御する「Akamai Enterprise Threat Protector(ETP)Client」を導入した。これは、クラウドベースのセキュア Web ゲートウェイ(SWG)として、マルウェア拡散やフィッシングなどの悪意のあるWebサイトへの脅威を事前に特定し、アクセスをブロックするものだ。これらの取り組みを通じて、ゼロトラストを実現しようと試みているという。
アジャイル・スクラムによりエンジニアの満足度も向上
さらに、開発現場に「アジャイル・スクラム」体制を導入した。伝統的なウォーターフォールでの開発は、最初に計画を定義し、戻り作業を発生させないように、計画通りに最後まで工程を進める。しかし、ビジネスの世界には不確実性が存在し、必要なソフトウェアを正確に予測できないため、変化への対応が難しい。そこで、アジャイル・スクラムによって、IT主導ではなく、業務主導でスピーディにシステム開発が行える体制を整備した。
同社はスクラムのルールとして「プロダクトオーナー」「スクラムマスター」「チーム」の3つの役割、「スプリント」「スプリントプランニング」「デイリースクラム」「スプリントレビュー」「レトロスペクティブ(振り返り)」という5つのイベント、そして、「プロダクトバックログ」「スプリントバックログ」「プロダクトインクリメント」の3つの成果物を定義し、スプリントを1,2週間の間隔でスプリントを回していくサイクルとした。
この結果、エンジニアの約半数が「スクラム実施前より、仕事での幸福度が改善した」と回答し、約半数が「スクラム実施前より、価値のあるプロジェクト・案件に従事しているとの自信が増した」と回答したそうだ。
安井氏は「ニューノーマルの働き方は、さまざまな変化に対応できるような制度・ツール・文化が必要である」と述べ、「今後は、在宅・リモート勤務時の(主にネットワーク)トラブル対応や、 紙や物理的な機能が必要な業務の電子化、実際に会わないことによる孤独感やストレスへの対応といった課題を解決していきたい」と、ニューノーマルな働き方だけでなく、「いつもを、幸せに」という企業ミッションの実現に取り組んでいく考えを示した。