社員を個人事業主に──“タニタ流”働き方改革はどんな成果が出た?谷田社長が解説
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タニタ流「働き方改革」が生まれた背景
国が推進する「働き方改革」では、時間外労働の上限規制や同一労働・同一賃金などのルールが定められ、高度な専門知識を持つ一部の労働者については、労働時間規制の対象から除外する高度プロフェッショナル制度が設けられている。労働者を守り、いわゆる“ブラック企業”を許さないという点で意義は大きいが、もっと働きたいという意欲のある人をどうするのか、という点では疑問も残る。たとえば、仕事を早く覚えるためにたくさん仕事をしたい若手がいても、会社としては残業規制によって仕事を抑えざるを得ない。
谷田氏は、自ら主体的に学び、働くことの重要性を、元文部科学大臣の下村 博文氏の言葉「啓育」を使って、次のように説明する。その考え方は、谷田氏が同社の「働き方改革」を進める背景にもなっている。
「人生100年時代には、『教育』に加えて『啓育』が必要です。『啓育』とは、自らの志を見つけ、主体的にそこに向かえる人材を育成することです。人生60年時代は、若いときに勉強し、それを仕事で発揮し、その後に老後がありました。しかし、人生100年時代となった現在、社会人になってからも自律的に働き、学ぶことが求められています」(谷田氏)
もちろん、谷田氏は「サービス残業・ブラック企業が存在する現実を見れば、国の方針は正しい」としながらも、一方で人が成長するには「がむしゃらに働く時間も必要だ」と強調する。
「負荷をかけることで筋肉がつくように、精神も自ら限界に挑むことで強くなるのだと思います。自転車に乗れるようになるには時間が必要です。同じように、新しいことを習得しようとしたら、やはり時間がかかるのです」(谷田氏)
また、谷田氏はAI(人工知能)の進化と働き方についても触れ、能力を開発する重要性を次のように述べる。
「これからは人間とAIとの競争になります。もちろん、与えられた仕事を9時-5時でこなすのもいいでしょう。しかし、10年後、その仕事はAIが担っているかもしれません。すると、10年後を考えて仕事をする必要があります。AIに奪われない能力をいまから開発することが大切であり、それには時間がかかるのです」(谷田氏)
「日本活性化プロジェクト」の成果は?
タニタが取り組んでいる働き方改革は、希望する社員が独立して個人事業主(フリーランス)になり、改めて会社と業務委託契約を結んで仕事をするというものだ。2017年に8名からスタートし、2020年までに24名が社員から個人事業主に転じた。個人事業主なので働き方は自由だ。時間や場所の制約はなく、もちろん、タニタ以外の仕事を請け負ってもいい。同社はこの取り組みを「日本活性化プロジェクト」と名付けた。これは、こうした働き方が日本全体に広がってほしいという願いからだという。また、2019年6月には、この取り組みをまとめた書籍『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社)も刊行している。
その成果はすでに出ており、上野動物園のパンダ「シャンシャン」の誕生日記念歩数計、人気ゲーム『刀剣乱舞-ONLINE-』の刀剣男士80振りをモチーフにした歩数計などが生まれた。また、タニタの公式Twitterの担当者も元社員のフリーランスであり、PlayStation4のゲーム『とある魔術の禁書目録×電脳戦機バーチャロン とある魔術の電脳戦機』(セガ)に対応したコントローラー「ツインスティック」をクラウドファンディングで資金を集めて開発した強者もいる。
「人生100年時代、社会人が学べば、社会が大きく変わります。今回のコロナ禍で、世の中はさらに変わると思いますので、ビジネスチャンスはたくさんあります。学生の能力をはかる“モノサシ”は成績表でしたが、社会人の“モノサシ”は売り上げと利益です。そこだけを見ればよいので、勉強して売り上げ・利益を出すことで、『能力が伸びている』『成長できている』ことを実感できます。それは、決して難しいことではないと思います」(谷田氏)
個人事業主になった元社員の年収は増えた? 減った? 会社の負担は?
ただし、個人事業主になることにはリスクも伴う。特に気になるのが収入だ。ランサーズの2018年のフリーランス実態調査によれば、その平均年収は186万円で、400万円以上を稼ぐフリーランスは16%にすぎない。さらに、年収が不安定なのも問題だ。谷田氏は「もちろん、こうした事実も理解したうえで仕組みを考えました」という。まず、社員時代にやっていた業務を基本業務として契約し、社員時代の給与・賞与をベースにした固定の基本報酬が支払われる。さらに、それとは別の追加業務が発生すると、その分が成果報酬として支払われる仕組みだ。
では、実際に個人事業主となったメンバーの収入(手取り)は上がったのだろうか、下がったのだろうか。第1期のメンバーの2016年と2017年を比較すると、全員、手取りは増えたという。増加率は最小が16.3%で最大は68.5%、平均は28.6%という結果だった。
ただ、会社が資金を負担すれば、個人の収入は増えて当たり前という見方もできる。しかし、谷田氏はこれを明確に否定する。
「このプロジェクトで増えた会社の負担は約1.4%です。定期昇給を実施している会社なら、ほぼそれくらいの数値でしょう。つまり、個人の手取りは28.6%増加しているのに、会社の負担は1.4%しか増えていないということです。ですから、誰も損をしていません」(谷田氏)
「3年契約の1年更新」を採用した理由
本プロジェクトでは、個人事業主との契約にも、ある工夫が施されている。それが「3年契約の1年更新」だ。「個人事業主にとっては、契約が突然打ち切られることは大きなリスクです。そこで、3年契約をして、1年が経過した時点で、直近1年の成果を見て次の業務内容・報酬を協議・調整して契約更新する方法を採用しました。これにより、仮にどちらかの事情で更新しないことになっても、残り2年間は契約が継続するため、お互いその間に対策を考えることが可能です」(谷田氏)
この契約形態は、個人事業主はもちろん、会社にとってもメリットがある。契約である以上、個人事業主から更新を断られることもありうる。突然、優秀なスタッフがいなくなることは、会社にとってもリスクだ。しかし、この契約形態であれば2年間は継続するので、その間に、業務の引き継ぎやスキルの移行を依頼できる。
また、年金や健康保険などの社会保障も気になるところだ。これに関しては、個人事業主であっても当然に加入する国民年金と健康保険のほかは、国民年金基金や小規模企業共済、個人型の確定拠出年金、民間の保険などを組み合わせて対応することになる。
「民間の保険を活用すれば、会社員時代とほぼ同じことはできますので、それほど心配する必要はないと思います。ただ、正確にいうと、育休期間と産休期間の収入をカバーする民間保険はないようです。ここに関しては、よく検討することが必要かと思います」(谷田氏)
さらに、同社は独立したメンバーが構成員となる「タニタ共栄会」を作り、税理士法人と契約して確定申告をサポートするなどの仕組みを用意している。最近では、一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会(代表理事・平田麻莉)とも連携したという。
兼業・副業の概念がなくなり、定年もない。人生100年時代の働き方とは
谷田氏が本プロジェクトを推進した理由の1つには、うつ病などの精神疾患を患う社員が生まれてしまう現実があった。「健康企業と呼ばれながら、どうしてもそのような社員が出てしまいます。それを何とかしたいという思いも強かったのです」(谷田氏)
従業員の個人事業主化は、この問題への1つの回答でもある。会社から与えられた仕事をするのではなく、自ら考えて自らの責任で主体的に仕事をすることは、精神的な健康にもつながる。
「私たちのこの取り組みをお話しすると、『それは、一部の新しい働き方でしょう』と受け止める方が少なくありません。しかし、フリーランスの人口は急激に増加しています。2018年時点で日本では1,119万人、米国では5,730万人がフリーランスです。こうした個人が活躍できれば、国としてももっと成長できるのではないでしょうか」(谷田氏)
「日本活性化プロジェクト」により、タニタでは兼業・副業の概念がなくなったという。
「そもそも、仕事に『主』も『副』もありません。すべての仕事に主体的に取り組むことが、やりがいや成長につながるのです」(谷田氏)
個人事業主なので、タニタ以外の仕事も自由にできる。そのためには、他社も欲しがるスキルを身につけることが必要だ。さらに、個人事業主なので定年もない。人生100年時代、身につけたスキルで長きにわたって働くことができる。
もちろん、人生は山あり谷ありだ。個人事業主になることで、より高い山、より深い谷を経験する可能性も高くなる。しかし、それもまた、人生の糧と考えればよいだろう。
「日本活性化プロジェクト」は、企業にとっても、働く側にとっても、ある種の“実験”と見ることもできる。だからこそ、それにいち早く取り組み、その情報を発信している同社には敬意を払いたい。そして、後に続く会社がたくさん現れることに期待したい。