- 2024/03/13 掲載
焦点:昨年上回る賃上げ実現、日銀正常化後押し 中小への波及が重要
<好材料揃う>
今年の春季労使交渉(春闘)では、昨年を上回る労組の賃上げ要求に対して満額回答する企業が相次いだ。労働経済に詳しい日本総研の山田久客員研究員は、ここまでの回答状況から、今年はベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた平均賃上げ率が「4%を上回る可能性がある」との見方を示す。
仮にこの数字が実現すれば、30年ぶりの高水準を記録した昨年の3.58%を上回るとともに、1992年(4.97%)以来の水準となる。このほど発表された23年10─12月期の法人企業統計で好調な企業業績が示されたことや、人手不足の状況が続くことなどを踏まえれば、今年の賃上げについて力強い材料は揃いつつある。
日銀は賃金上昇を伴うかたちで2%の物価安定目標が持続的・安定的に実現する確度が十分高まれば金融政策の変更を検討していくとしており、早ければ来週18─19日の決定会合でマイナス金利の解除を含めた政策変更を議論する可能性がある。
経団連の十倉雅和会長も11日の記者会見で、今年の春闘について「昨年以上の賃上げのモメンタムを感じる」と述べ、「日銀がそう遠くない将来に金融正常化にかじを切る可能性が高い」との見方を示した。
専門家からも「支持率が低迷している岸田政権とって、春闘の高い賃上げ率はまたとないアピールとなる。植田和男総裁の考え次第だが、日銀がその熱気を借りて3月か4月に金融政策の正常化に動く可能性が高い」(第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏)との指摘が出ている。
<デフレ脱却宣言は慎重>
日銀は市場にショックが起きないようにするため、年明け以降、近い将来の政策変更をにじませる情報発信を進めてきたが、政権幹部らは「日銀が判断すること」として、表立って反対姿勢を示していない。むしろ「岸田政権が目指す『賃金と物価の好循環』が前進していることにエコノミスト集団でもある日銀がお墨付きを与えると同義」(経済官庁幹部)と受け止める向きもある。
もっとも、政府がデフレ脱却を宣言することに関しては慎重な意見が多い。厚生労働省の毎月勤労統計によると実質賃金は今年1月まで22カ月連続の前年比マイナスで、昨年来の賃上げが生活実感を伴ったものになっていない。
日本経済が正常な「体温」を取り戻せるかどうか、全体の雇用の7割を占める中小企業や小規模事業者にまで一過性ではない賃上げが広がるかが焦点になる。
矢田稚子首相補佐官(賃金・雇用担当)は13日、ロイターとのインタビューで今年の春闘について「大手については去年を上回る賃上げの回答が出るものと思っている」と述べるとともに、「本当の正念場は中小企業だ」と指摘した。
サービス業では長年の商習慣から労務費を価格に転嫁できない企業も多いとされ、例えば「2024年問題」に直面する物流・運送業界からは「燃料費などコストが上昇する一方、運賃の値上げはなかなか進まない。毎年の最低賃金上昇に対応する程度しか実現できていない」(東京・白金にある社員約80人の松下運輸の坂田生子社長)といった声も聞かれる。
政府もこうした状況を把握しており、引き続き賃上げをしやすい環境を整備していくことに「手を緩めてはいけない」(高官)と気を引き締める。官民で賃上げ機運を高め、4月に向けて中小企業に波及させていく流れを作るため、政府は経済界や労働団体の代表者と意見交換する「政労使会議」を開く。
デフレ脱却宣言について前出の経済官庁幹部は「4月まで物価高対策延長の議論をしている。物価が上がって良かったということを政治的なメッセージとして出すのは国民にプラスとして受け止められない」と指摘。春闘の結果が実際の賃金に反映され、ボーナスが最も多く支払われる6月に住民税・所得税の定額減税を行い、可処分所得の伸びが物価上昇を上回る状態にもっていったうえで「賃金と物価の好循環が実現しつつある」という打ち出しをするのではないかと予想する。
(杉山健太郎 取材協力:杉山聡 編集:石田仁志)
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