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  • 2022/03/25 掲載

標準必須特許(SEP)とは何か? ライセンス紛争の背景、日本と世界の対応とは

経済産業省が解説

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近年、通信技術などの標準規格を使用する上で必須となる「標準必須特許」(SEP)のライセンスを巡る紛争が各国で生じている。今回は、標準必須特許の定義から、こうした特許のライセンスの拡大やそれに伴う紛争、紛争の解決に向けた各国政府の対応に至るまで、そのポイントを分かりやすく解説する。
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「標準必須特許(SEP)」とは何か?
(Photo/Getty Images)


「標準必須特許(SEP)」とは何か?

 「標準必須特許」(SEP:Standard-Essential Patent、以下「SEP」)は、標準規格で規定された機能などを実現する上で必ず使用する特許のことである。

 SEPについて詳説する前に、標準規格について述べる。情報処理や情報通信などの分野では、異なる製品間の接続方式や情報伝達方式などについて、共通の事項を定める「標準化」が積極的に行われており、各分野の標準化機関において、さまざまな標準規格が策定されている。標準規格の普及は、製品間での相互接続性の確保や、新規参入の増加などを通じ、結果的にイノベーションの促進や消費者の便益向上につながる可能性がある。

 標準規格では通常、技術的な内容が規定されているため、当該規格に準拠する製品を製造した場合、他社の特許権に抵触する可能性がある。標準規格を策定しても、特許権の問題でそれを活用できなければ、当該規格の普及は困難となり、上記のような標準化の便益を享受することもできない。

 こうした事態を避けるため、国際的な標準規格の策定を担う代表的な標準化機関では、策定予定の標準規格に必須の特許(即ち、SEP)を保有する会員に対して、当該特許を「合理的・非差別的(FRAND:Fair, Reasonable And Non-Discriminatory)な条件でライセンスすること」を、事前に標準化機関に対して宣言するよう求めている。この宣言を「FRAND宣言」といい(注1)、合理的・非差別的な条件を「FRAND条件」という。

注1:標準化機関の会員は、策定予定の標準規格に必須の特許を所有している場合には、対象特許の情報と、当該機関の知的財産権(IPR)ポリシーに沿った「IPR宣言書」を標準化機関に提出する。

 FRAND宣言がなされたSEPを保有する権利者には、当該宣言に基づき、標準規格の策定後は、FRAND条件でライセンスを行うことが求められる(注2)

 標準規格はさまざまな分野で策定されているが、その中でもSEPのライセンスが活発に行われている標準規格の例としては、スマートフォンなどで利用されるモバイル通信規格、ノートPCなどで利用される無線LAN規格、DVDなどで利用される動画圧縮規格などが挙げられる。

注2:FRAND宣言に伴う義務は、SEPの譲渡により権利者が変わった場合であっても、すべての譲受人に引き継がれることが一般的である。

「標準必須特許(SEP)」が注目される理由

 近年、技術の複雑化や標準規格の普及により、SEPの数は増え続けている。たとえば、モバイル通信規格に関して、欧州電気通信標準化機構(ETSI:European Telecommunications Standards Institute)(注3) に対して宣言されたSEPの数は、第2世代移動通信システム(2G)の約3400件から第5世代移動通信システム(5G)の約4万件(2021年3月時点)へと、増加の一途を辿っている(図1)。

注3:欧州の地域標準化機関だが、モバイル通信規格(3G、4G、5Gなど)に関するSEPのデータベースが充実しており、当該規格のSEPについて多くの宣言がETSIに対して行われている。

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図1:モバイル通信規格に関するETSIへのSEP宣言数の推移
(出典:ETSI HPのデータ(2021年3月時点、ファミリ単位)を基に作成)

 こうしたSEPの増加に加えて、情報処理や情報通信の分野を中心とした標準規格では、その利用分野の拡大により、異なる業種間でのSEPのライセンス(以下「異業種間ライセンス」)が進展してきた(図2)。

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図2:SEPの異業種間ライセンス(従来、現在、将来)
(出典:筆者作成)

 異業種間ライセンスの始まりは、2000年代末までさかのぼる。それまでは、標準規格の策定に関与する企業が、その標準規格に関するSEPを保有する主たる権利者でもあり、標準規格に準拠した製品の製造・販売を行う主たる実施者でもあることが一般的であった。このため、SEPのライセンスは、同じ業界内の企業同士で行われることが多く、現在と比べると、権利者・実施者間での主張の対立が生じにくい状況であった。

 しかしながら、2000年代後半になると、無線LAN規格(Wi-Fi)に対応したノートPC・ゲーム機や、電話とコンピュータを融合させたスマートフォンなど、それまで異なる事業分野で活用されていた機能を併せ持つ製品が登場した。

 こうした製品の普及によって、大きな視点で見ればエレクトロニクス業界の中ではあるものの、無線LAN規格やモバイル通信規格に関するSEPを保有する情報通信業界(権利者)と、ノートPCやゲーム機・スマートフォンなどを製造・販売するためにSEPを使用するコンピュータ業界(実施者)の間で、SEPのライセンスが始まった。

 従来から標準規格の策定に関与してきた企業と、その標準規格を新たな事業に活用する企業とでは、両者の立場が大きく異なっており、ライセンス条件などを巡る主張の対立が生じやすくなったのだ。

 2010年代になると、コンピュータのみならず、さまざまな製品がインターネットに接続されて情報の伝達・処理を行うIoT(Internet of Things)が普及し始めた。IoT化の進展を背景として、特にモバイル通信規格のSEPに関しては、エレクトロニクス業界の枠を超えた異業種間ライセンスが行われるようになった。現時点での中心は、主に情報通信業界(権利者)と自動車業界(実施者)の間でのライセンスであり、自動車関連企業を主たるライセンス先とするパテントプールも存在している。

 今後は、IoT化の更なる進展により、情報処理や情報通信の分野を中心とした標準規格の利用が、自動車に限らず、より多様な製品へと拡大していくことが見込まれる。たとえば、最新のモバイル通信規格である5Gでは、前世代である4Gからの高速・大容量化を実現するだけでなく、多数同時接続や超低遅延という多様な用途を意識した機能が強化されている。

 また、モバイル通信規格のみならず、電力を無線で送受電することで迅速な充電を可能とするワイヤレス電力伝送システムや、さまざまなIoT製品で安全な情報処理環境を実現するためのトラステッドコンピューティングなど、多様な技術に関する標準規格の普及が見込まれる。

【次ページ】「標準必須特許(SEP)」を巡る紛争とその背景
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