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  • 2021/03/15 掲載

野中郁次郎教授に聞く「スクラム」の本質、なぜ日本より中国で普及したのか

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日本の実践知の生き方がグローバルでどういう意味があるのか。GAFAに負けないイノベーションを起こすために必要なことは何か。一橋大学 名誉教授 野中 郁次郎氏と、人工知能研究者であり企業経営や一橋大学での講師も担う松田 雄馬氏の二人が、「スクラム」の本質を議論し、スクラムがなぜ日本だけでなく中国にも広く浸透したかを語った。
取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

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野中 郁次郎 氏
一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。知識経営の提唱者。2002年に紫綬褒章受章。2017年、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールから同大学最高賞の生涯功績賞を史上5人目として授与された。



スクラムで大事なのは「間合い」

野中 郁次郎氏(以下、野中氏):人間の日常こそ、実はクリエイティブだという話を前回(第3回)でしました。本当にその日常の中でクリエイティブになるという場合には、徹底的に仕事で我を忘れる。根本的には真剣勝負をやりますよね。

 そこでは間合い(武道の概念で、互いの距離を相互に最適に保つこと)が大事です。お互いに間合いを取りながら、忖度抜きで。そこでは過去、現在、未来が連続して身体化されていないと駄目なんですよ。この「間合い」について、アジャイルソフトウエア開発プロセスのスクラム(注1)でもよく考えられています。スクラムでは、チームは毎日会うんですよね。

注1:ジェフ・サザーランドが提唱したソフトウエア開発の新しい手法。これまでのウォーターフォール型の開発とはまったく異なり、1週間から4週間の短いサイクルでゴール設定し、適宜顧客からフィーバックをもらいながらチーム全員で職能横断的かつ機動的に開発を進める。サザーランドは野中氏らの論文を参照し、開発における理論的根拠とした。

 それで顔を合わせて目的を共有し、現状を全員で確認する。この白板(ホワイトボード)を囲んで、立ったまま、みんなが集まるんですよ。

 それぞれが「昨日の問題は何か」と振り返りをやる。反省しなければ過去はそのまま忘却されますね。暗黙知も含めて。振り返りでは全員が必ず喋らなきゃいけない。朝会の時間は15分。だから、一人当たり1、2分なんですよ。

 そうすると、昨日の経験を振り返り、問題を徹底的に考え抜いた上で喋らなきゃいけない。つまり、ひとりひとり、エッセンスは何だ、と言わせるわけね。同時に今日やることも共有します。それが全員に一巡すると、もう先が見えちゃう。問題の本質を共有することで、全体像だけでなく、起こりうる問題が全員で先読みできるわけです。過去、現在、未来が、集合的に凝縮されるんですよ。立ったまま互いの間合いをとって朝会をやっていることもありますが、会が終わったら、すぐに自分のやるべきことに対して全員が機動的に動き出せるわけです。

 しかもそれを実践するときは、ペアプログラミング(注2)でやる。2人でペアになって1つのコンピュータを共有しながらソフトを作っちゃうので、全プロセスがペアに凝縮されるわけです。リアルタイムでフィードバックしながら対話をしながら開発を進めることで、ミスを防ぐだけでなく新しいアイデアも生まれてくる、というわけだ。それと同時に、いくつかのチームがネットワークを形成して、これを回し続けるんですよ。そういうすごさなんですね。

注2:ソフトウエア開発手法の一種で、1台のコンピュータに対して2人が取り組む。

現象学の「幅のある現在」とフロー体験

野中氏:アジャイルスクラムでは真剣勝負の知の創造プロセスが凝縮されているわけですね。こういうとき、人間の認識では過去と現在と未来は分断されていない。これは主観的時間の流れですね。一方、客観的な時間では、時間は分断され、過ぎ去っていく。時間は流れではなく、点になっちゃうんですよ。だから、せっかく我を忘れて仕事に夢中になっているにも関わらず、「もう金曜日午後3時でございます。お帰りください」なんてことを言われてしまう(笑)

 現象学の考え方ですが、慣れ親しんだドレミの音階に関して、我々はド、レ、ミと1個1個分離して認識しているわけじゃないんですよ。慣れるにしたがって、ドレミファソラシド・・・、次はこうなると音の流れを予測しているでしょう? 「ド」が来て、その次に「レ」が来た瞬間に「ド」の音は残っているわけですよ。さらに次は「ミ」が来ると予想できてしまうんですよ。これが、過去、現在、未来がつながっている主観的な時間です。このような「幅のある現在」というのが現象学の考え方です。

 それが一瞬にして出る時がある。剣道で打ち込むときに、「ばん」と行きますよね。それは相手と間合いを取りながら、しかも真剣勝負をやっているときです。過去からの鍛錬で蓄積された身体記憶、そして、次はこう来るだろうという未来の先読みが、現在の一撃の中に全部凝縮されているわけなんですよ。

 我々は、小さい乳幼児のときは母親と感性が一体になる一心同体の状態を経験しています。そして、大きくになるにつれ、言語を覚えて知性が発達し、対象化して客観的な分析ができるようになる。だから、知性が発達した成人の段階で、もう一段高いレベルで、自らのエゴを超えて相手と深く共感し、一体になれるかということがチャレンジになります。しかし、答えは「なれる」です。それは、現象学者マルティン・ブーバーのいう「我-汝」関係、戦友、貴様と俺の関係です。それは、無我ないし無心における創造活動であり、こういう関係が成立する瞬間がある。それがフロー体験、本質直観なんですよ。

 アジャイルスクラムなどでは、実は、このような成人のレベルでの我-汝関係の創造プロセスが、システムの中に組み込まれている。これは非常に深い話なんですよ。

 我々の創造性は主観的時間で発揮されます。徹底的に真剣勝負をやったときに、過去、現在、未来が一緒につながっちゃうんです。そうして本当の創造性が生まれるプロセスが凝縮されているシステム。共感と言っても、日本的な忖度ではなく、葛藤が起こり創造的対話を促すシステムなんです。

 なぜ、ブレインストーミングとかデザイン思考のみではイノベーションが起こらないのか。楽しみながらやっているからだと思います。全身全霊の真剣勝負をやっていないからなんですよ。そこは改善しないといけない。

【次ページ】中国で生まれた哲学が、日本の経営戦略で生きている
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