『一生の仕事が見つかるディズニーの教え』著者 大住力氏
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普通、であることがいいことだ
──ウィッシュバケーションには、家族みんなでヘアサロンに行って髪をセットしてもらうプログラムも組み込まれていて、非常に好評のようですね。「ああ、そんな普通のことでいいんだ」って、本を読んで思いました。
大住氏■普通だからこそいいのでしょう。けど、僕もこんなに喜ばれるとは想像していませんでした。あるお父さんはその場でボロボロ泣き始めてしまって、わけを聞くと、たくさんの人がうちみたいなちっぽけな家族にいろいろ声かけてくれることに感動したと。
──どこに連れて行ったとか、何を食べたとかはあまり重要ではないんですね。
大住氏■大事なのは、人と人とのあいだで何が起きるか、だと思います。その意味では、ヘアサロンはディズニーを超えているのかもしれません。僕はディズニーランドに連れて行けば誰でも喜ぶと自負していたところがあったので、ちょっと悔しい気もしますけど(笑)。
で、なぜヘアサロンがいいのかを考えると、人が人のために手を動かすからっていう単純な理由なんです。しかも、ピタッと横につく、あの距離感でしょ。そこで「食べ物は何が好きなの?」「へえ、りんごが好きか。お兄ちゃんもりんご好きだよ」「美味しいよね~」なんて他愛ない話をする。それが難病の子どもとその家族が求めていた普通のことであり、すごく嬉しいことでもあるんです。
──ヘアサロンで美容師とする会話なんて、心底どうでもいい話ですよね。多くの人にとっては。
大住氏■そう。でも、そのどうでもいい話が人を幸せにするということに、僕らは気づいてなかったわけですよ。難病の子どもたちを連れて行ったヘアサロンのスタッフから、寄せ書きをもらったことがあります。そこに「仕事の意味がわかりました」とか「仕事って、テクニックやスキルではなく、人を喜ばせることなんですね」みたいなことが書いてありました。20代前半の茶髪の兄ちゃんが、それに気づいてる。「オレなんか40歳過ぎてもよくわかってなかったのに、なんでコイツもうわかってるんだ!?」って、驚きました(笑)。
難病の子どもとその家族と出会うことによって、僕らはいままで当たり前だと思っていたことをゼロベースで考えたり、忘れていたことを思い出す機会を与えられているんですよね。災害に直面して、水が出ない、電気がつかないという事態と向き合い、そこで初めて普通の生活のありがたみがわかるようなもんです。
──難病の子どもをアテンドするボランティアの側にも得るものがあるから、お互いに対等な関係であり、「研修プログラム」としても成立すると。
大住氏■そうです。そして、僕や研修に参加する人にとって得るものがあるのは、難病の子どもとその家族が極限的な体験をされていることも大きな理由になっていると思います。
たとえば、ある親御さんに「一番恐いときっていつですか?」と聞いたら、「夜寝るときです」と答えられたことがあります。そして、反対に「一番幸せなときはいつですか?」と尋ねると、「朝、目が覚めたときです」とも言われました。つまり、布団に入って目を閉じる瞬間、明日の朝を家族みんなで迎えられるか不安になるし、目が覚めたときに家族が欠けることなく揃っていたら、これほど嬉しいことはないと。その方に限らず、「今日は奇跡だ」といった言葉を使う人は多いです。今日が終わり、明日を家族と迎えることを「奇跡」だと感じる機会は僕らにはそうないですよね。
──たしかに、俗っぽいことを言いますけど、たとえば宝くじに当たるとか、何か特別なことがない限りは。
大住氏■一般的に、難病の子どもとその家族というと「かわいそうな人たち」「不運な人たち」と捉えられがちです。でも、毎日奇跡を感じられる彼らは「本気で生きている人たち」で、幸せというものをよくわかっていると思うんですよね。彼らの経験で得た知識や価値観を社会に伝えていくこと、それがこの活動の趣旨です。彼らと普通の生活を送ってきた人たちをマッチングさせることで、ある人は自分の生き方を見直したり、またある人は「幸せってなんだろう?」と考えたり、あるいは現状に危機感を覚えるなり使命感を抱くなり、そこに何かしら変化が生まれる。僕らは彼らに「普通」を提供する代わりに、多くのことを教えてもらっています。大切なことを教えてもらったから、僕らも喜んでギブしていく。そういう感覚です。
──この本でいうところの「ギブ・アンド・ギブ」の精神ですね。
大住氏■「ギブ・アンド・テイク」ではなく、「渡して、さらに渡す」ことで自分も幸せになっていくという、フロリダの「ギブ・キッズ・ザ・ワールド」の創設者ヘンリ・ランドワース氏の言葉ですね。これも頭ではわかってはいたものの、結局はこの活動を通じて実感として理解できました。本当に、教えられてばかりです。
いま思うと、初期のウィッシュバケーションでは、とにかく一所懸命もてなそうとして、空回りもしていました。スポンサー企業の協力をあおいで高級レストランで食事してもらおうとかね。そうやってスケジュールを詰め込みすぎて、ホテルに着いて「いま13時50分ですけど、これから部屋に戻っていただいて、じゃあ14時05分にまたロビーで」みたいに……。そんなことをしても、子どもと家族がくたびれてしまうだけですよね。その反省から、改善を重ね、この活動がより望ましいかたちになってきているという手応えはありますが、まだまだ足りないものもたくさんあります。
──常に足りないものを意識するというのは、ウォルト・ディズニーの理念につながるところでもあります。
大住氏■そう、ウォルトは、「ディズニーランドは、永遠に未完成である」と言ったそうです。「これでよし」と現状に満足し、考えることを放棄してしまったら、人も企業も発展はしないでしょう。それを僕はオリエンタルランドへ入社したときに教えてもらっているはずなのに、何年か過ごしているうちに忘れてしまったんですね。ようやく思い出しても、ひょっとしたら5年後にはまた忘れているかもしれない。だから、「これでいいのか?」っていう自問を習慣化していかなきゃいけないなって思います。
(取材・構成:須藤輝)
●大住力(おおすみ・りき)
1965年生まれ。東京ディズニーランド等を管理・運営するオリエンタルランドに入社し、約20年間、人材育成、東京ディズニーシーやイクスピアリなどのプロジェクトの立ち上げ、運営、マネジメントに携わる。退社後、難病と闘う子どもとその家族への応援・支援を目的とした公益社団法人「難病の子どもとその家族へ夢を」を立ち上げる。前職での経験を生かして、コミュニケーション、モチベーション、理念浸透などをテーマにした人材研修講師、国立富山大学非常勤講師なども務める。教育現場から企業に至るまで、全国各地での講演も数多く行う。著書に絵本『わたしはいま とてもしあわせです』(ポプラ社)、『一生の仕事が見つかるディズニーの教え』(日経BP社)がある。
公益社団法人 難病の子どもとその家族に夢を
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