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  • 2008/11/17 掲載

【特集:創る(1)】慶應義塾大学大学院 奥出直人 教授:なぜITは企業の業務を革新できないのか

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ITはビジネスに欠かせないものになってきたが、その利用方法の進化や発展の方向性は限定的で、創造性が欠落しているのではないか。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授 奥出直人氏は警鐘を鳴らす。確かにITは企業の生産性を高めたが、その一方でオフィスワーカーをデスクトップに縛り付けることになった。奥出氏に、ITによるビジネス変革の可能性について話を伺った。

上流工程で欠落している創造性

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慶應義塾大学大学院
メディアデザイン研究科
教授
奥出 直人 氏
1978年慶應義塾大学文学部社会学科卒業。1986年ジョージ・ワシントン大学アメリカ研究科博士課程修了。文化人類学、現象学、メディア環境論などの幅広い研究業績を基盤に、インタラクション・デザインやデザイン思考など、21世紀のモノづくりの根幹となるフレームワークを研究・開発。著書に『デザイン思考の道具箱』『思考のエンジン──Writing on Computer』『会議力』など多数。
─―貴著『デザイン思考の道具箱』の中で、知識や技術がありふれたものになり、創造性が企業の競争力の源泉となる時代が来ていると語られています。ここで言う創造性とは、どのようなものなのでしょうか?

 単純な工夫や思いつきなど、皆さんも普通にやっていることにも「創造性」はあふれていると考えています。しかし、その「創造性」は製品づくりなどに生かせていません。たとえばある製品を売りに行った現場で、お客さんから課題を示されたとします。営業担当者がそこでふと「ここにノブを取り付ければ解決するのではないか」と思いついたとしましょう。この思いつきが創造性です。しかし、開発担当者にその要望を伝えると「そんなことはできない」と言われてしまう。営業担当者から見れば「開発は現場が見えていない」となり、開発担当者は「営業は無理ばかり言う」となってしまいます。でも、できないと言われたことをなんとか実現しようと工夫する組織であれば、その創造性は生かすことができます。

 料理などもそうですが、最初はぎくしゃくしていても慣れてくれば色々な作業を同時に進められるようになります。プロセス管理の工夫が積み重なっていくのです。そうやって工夫をして、うまくいくと楽しい気持ちにもなります。それが私のいう「クリエイティブ」ということです。世の中には工夫すれば良くなることや、工夫すれば楽しいことが満ち満ちている訳です。それをビジネスのリソースとして生かせるかどうかが、これからの企業には求められるのではないかと思っています。

─―知識や技術だけでサービスの差別化は図れないということでしょうか?

 知識や技術だけではなく、ビジネススタイルを変革していくために創造性を取り入れていかなければならないということです。

 たとえば、ITの技術を使って遠隔医療などが行われるようになっています。医療設備のない離れた場所で診療を受けられるというメリットは確かに大きいのですが、受けられるサービスの内容自体は病院で受けられるものと変わりありません。つまり、提供できる場所が増えているということ以外に、ビジネ スモデルに大きな変革は起こっていないのです。

─―現在のオフィスワークには創造性が欠けているのでしょうか。

 オフィスに限らずビジネス全体で創造性が欠けていると感じます。たとえば、ビジネスの世界では、クリエイティブな要素を最終段階まで考えられていません。確かに最終段階では人々の心に響く材質や色を決めたり、ドキドキするようなコマーシャルを作ることはしています。

 それに対して、私が著書で述べたデザイン思考というのは、サービスを作る最初の上流部分で創造性を発揮していきましょうということなのです。では現在の上流はクリエイティブじゃないのかというと、クリエイティブではないんですね(笑)。

 というのも大企業の場合、現在の商品開発は「プロダクトアウト」か「マーケットイン」しかありません。プロダクトアウトというのはシーズ(種)となる技術先行でビジネスを成り立たせていくこと、マーケットインは収入特性や属性情報などを決めて今ある課題を解決していこうという商品・サービス開発の 手法です。

 こうした手法にとらわれることなく、サービスを考える上流過程において創造性を取り入れていくことで、もっと大きい潜在的なマーケットを開拓できるはずなのです。

机から離れてビジネスの現場を支援できる取組みを考えるべき時

─―ITにフォーカスした場合、創造性を生かした変革とはどのような形で訪れるのでしょうか?

 パーソナルコンピュータ革命というのが20年前に起こり、オフィスで行うデスクワークをすべてコンピュータ化することで、デスクワークに限れば生産性は大幅に向上しました。

 しかし、会社で実際に行われている業務はデスクワークだけではありません。会議は別の部屋に集まって行われるし、営業担当者は外を飛び回っています。結局、デスクで行われる定型業務だけが効率化された訳です。場所の自由度を上げるためにノートPCなども普及しましたが、これは机を持ち運んでいるようなものでしかありません。

 それに加えて、本来机の上でやらなかった業務を、無理やり机の上でやるようにしている訳ですから、相当ネガティブな効果も大きかったのではないかと考えています。机の上で表を使って計算し、机の上で意思決定をする。果たして管理者や企画立案者がそれでいいのでしょうか。もっと現場を見たり、みんなとディスカッションするべきではないでしょうか。

 インターネットの登場は確かにそれに少し風穴を空けて、机の上でありながら世界の情報を見てとれるようになりました。大画面プロジェクタやコラボレーションツールの発展によって、グループワークの感覚も得られるようになりました。それでも、オフィス業務が机の上の書類作業に限定されてしまっていることに違いはありません。ですから、これからさらなるIT化を進めるのであれば、机の上から離れること、実際に仕事をする空間やその環境、あるいは仕事の仕方そのものを支援することを考えなくてはなりません。
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