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- 2007/07/11 掲載
IT投資の見える化【特別編】情報戦略ガバナンス
情報戦略ガバナンス 【ビジネスインパクト連載中】
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ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 井上潤吾 Inoue Jungo ペンシルバニア大学経営学修士(MBA)、 東京大学大学院工学系修士。 ボストン コンサルティング グループの アムステルダムオフィスを経て、現在、 東京オフィスに所属。国内外のIT関連会社 や情報システム子会社を擁する金融サービ ス会社、産業財メーカー、電力会社に対し て、事業戦略、組織、グループマネジメン ト、IT診断と私活用、営業ケイパビリティ 構築などを中心としたプロジェクトに従事 している。 |
(1)IT案件のなかで投資と位置づけられる案件は一部である
毎年のIT経費を分類すると、毎年固定費的にかかる費用(データセンターなどの設備やその維持費、メインフレーム、サーバ、パソコンなどの減価償却費、既存ソフトウェアの保守運用費、システム部門の人件費、通信費など)と、当該年度より新しく加わる費用(新規ハード費、ソフトウェア開発費、外部委託費など)に分けられる。IT投資の予算源は後者である。この比率は一般に新規案件比率と呼ばれる。したがって、IT投資の制約条件になりうる予算やIT要員数を上げておくには、この新規案件比率を上げておくことが必要である。この比率は企業によって異なるが、各企業のなかでは、企業合併に伴うシステム統合や大幅なシステム更改の時期を除けば年単位で大きく変わることはない。しかし、IT先進企業は、この新規案件比率を少しでも上げようと日々努力している。経験値で言えば、この比率が5割以上あることが望ましい。ITを十分活用できていなかったり、成熟した業界で環境変化があまりない企業だったりすると、この比率が2~3割程度のところもある。IT先進企業だと、前者の費用項目を固定と見なさず、どう削減するかがシステム部門の評価指標になっている。
(2)IT案件の効果比較が容易ではない
通常投資であれば、ROI(Return On Investment: 投資に対する効果の比率)が高いものから投資するこ とをベースにして、そのほかの要素(リスク、必要投資額など)を考えるのが一般的である。しかしIT案 件の場合、その効果をひとつのモノサシで測ることが容易ではない。たとえば、顧客満足度を上げるための施策としてのIT案件はその効果を顧客満足で測ることはできても、他のIT案件が期待される効果を金額 で出している場合、そのままでは比較ができない。また、経営管理数値をすぐに見ることができるようにするためのIT案件は、その効果を定性的には説明できても、他のIT案件と比較するには無理がある。さら に、一見期待できる効果を金額で表すことができると思えるような案件(新規事業に伴うIT 案件など)でも、よく考えるとその効果算定は微妙な要素を含んでいる。上記の場合、その新規事業の利益をそのままIT案件の投資効果とすることはできない。なぜなら、新規事業が成功するためにはIT案件の実現も必要であろうが、その他の要素(オペレーションプロセス、働く人たちのモチベーション、経営陣のリーダシップなど)も重要な要素であるからだ。
また、システム部門が提案するITアーキテクチャの変更や通信ネットワークの大容量化、セキュリティ強化などの案件は、さらに効果算定が難しい。加えて、システム統合や制度対応などの緊急性が高い案件の場合、他のIT案件と比較してもしなくても対応せざるを得ないため、比較の意義が見出せない場合も考えられる。
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各企業のシステム部門で、この記述に違和感を覚える方がいるかもしれない。なぜなら、前述の効果 算定は主管部門(経営層やユーザ部門)が中心となって考えるべきものである場合が多いが、この費用算定はシステム部門が見積もることがミッションとなっており、日々現実に行っているからである。たしかに、良く練られたIT案件の場合はそうかもしれない。しかし、多くのIT案件はこれから投資を行おうとするものであり、要件定義が凍結されていない。さらに、要件定義自体が企業の環境変化にあわせて変化し、その実現技術にしても1年もたてば変わりうる。そうしたなかでIT費用の見積もりを行い、その情報でIT案件の優先順位付けを行うならば、不確実性の高い結果を生む可能性があるということだ。
優先順位付けが複雑だからといって、そのプロセスを省いて適当に決めるわけにはいかない。それではどうすればよいか。
まず(1)に対しては、IT費用の見える化を徹底することが必要である。経費項目別にすべて算出し、ひと目でわかるように要約することが大切だ。項目のなかには、別の勘定項目に潜んでいる場合もある。その場合でも、あきらめずに地道に基礎情報を集めて、一定のロジック(論理)で推定値をつくることである。そして、その情報源や推定ロジックを見える形で残しておくことだ。その上で、新規案件比率を高めることができるように、実行計画を策定して、実行していくことだ。
(2)、(3)に対しては、IT投資の優先順位付けの枠組み(図参照)を作り、その枠組みを使って全社や部門ごとに議論を重ね、優先順位付けプロセスを策定しておき、実行を徹底することである。図は、ボストンコンサルティング グループが多くの企業に提唱している枠組みである。
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(図)IT投資の優先順位付け
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簡素なマトリクスであるが、記述した多くの場合に対応する考え方が凝縮されている。こうした簡素なマトリクスを使って、まず部門内で議論して優先順位付けを行い、次に全社で議論する、というプロセスを制定しておき、運用ルールをつくっておけば、入り口制御に対する見える化は十分である。
多くの企業で、依然として残っているチャレンジは、IT投資後の効果に対する評価である。期待する効 果に対するROIは、IT投資を意思決定する際に算出するが、厳密な意味でのROIは、実現できた効果に対するものである。この要求がとても厳しいことも承知している。なぜなら、各企業の主要な投資活動であ る研究開発や広告宣伝の分野においても、実現ベースでROIを用いて評価していることは皆無だからであ る。しかし、今後10年を見据えたとき、IT投資の意思決定や実行を進化させるためには、避けては通れ ない試練だと思う。IT投資に対して、下記の質問を投げかけ、そこから教訓を抽出し、次のIT投資では、その教訓を生かして意思決定基準やプロセスを進化させることができれば、入り口制御のやり方においても、よりよい手法を開発できるであろう。
●当初予想していた効果は出せたか?
●出せなかったとすると、何が原因か?
●もし、もう一度当該案件の投資を意
思決定するとすれば、何を変えるか?
大切なことは、組織として「進化すること」である。現行より、さらによいやり方を飽くことなく追求していく姿勢とそれを実現できるような仕掛けを作っておくことが最も重要なことである。
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