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  • 【連載】障害・事故は組織で防ぐ!HRO的経営術(第1回/全3回)

  • 2006/08/23 掲載

【連載】障害・事故は組織で防ぐ!HRO的経営術(第1回/全3回)

経営者必見 ~事故を起こさせないための組織作り~

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昨年、日本の鉄道の安全性を根底から脅かす重大事故がJR西日本という企業で発生した。いうまでもなく福知山線の脱線事故である。同じオペレーションを行っていても、事故を起こしやすい組織と、起こしにくい組織がある。その違いは一体何なのか?HRO(高信頼性組織)という概念に基づいて、明治大学の西本直人氏に3回にわたって解説してもらう。

カタストロフに陥らないための組織設計とは


 近年、日本のみならず世界中で大きな経済的損失をもたらす各種障害、さらには多くの人命まで奪う事故が相次いで生じている。航空機や鉄道の事故をはじめ、自動車の設計ミス、金融システム障害、原子力発電システムでの事故など枚挙に暇がない。こうした様々な事故や障害に対処し、企業がその存続を守るためのひとつの有力な考え方として「HRO」と呼ばれる組織(日本語では高信頼性組織と訳される)の研究が漸進的ながら確かに立ち上がってきている。このHRO、非常にユニークな考え方であり、そこから得られる知見はIT業界で働く人にとっても大きな意義と可能性を秘めている。今回はそのHRO研究の一端を3回に分けてご紹介したい。


現代は事故や障害が避けられない時代
ノーマル・アクシデントという考え方


 HROを理解するためにはまずその複線をなす2つの考え方を押さえておかなければならない。それは、ノーマルアクシデントと組織事故という考え方だ(図1)。
HROの複線
図1 HROの複線

 ノーマル・アクシデント(normal accident)という概念を提唱したのは社会学者のチャールズ・ペロー博士。日本語に直訳すると「起こって当然の事故」、もう少し気の効いた訳をすれば「起こるべくして起こる事故」といったところか。

 その考え方の中核はこうだ。まず、現代のテクノロジーは圧倒的にその複雑性を増している。かつて100年前の移動手段といえば馬車か自転車であったものが、現代では複雑な電子デバイスに支えられた航空機、ハイブリッド・カー、さらには燃料電池自動車といったものまで実用段階に入っている。また発電システムも単に石油や石炭を燃やして水蒸気を発生させタービンを回していた火力発電システムから原子力へと移行してきた。そして、こうした複雑なテクノロジーは全体を構成する各サブシステムがタイトに結びつけられていることが多い(これをタイト・カプリングと呼ぶ)。たとえば、原子力発電ではタービンを回すのは火力発電と同様に熱せられた結果発生する水蒸気なのだが、しかしその熱源となるシステムは核融合を伴うきわめて複雑なシステムであり、さらにそのまったく性質の異なるテクノロジーがタイトに連結されている。ましてや、原子力空母ともなれば、内部に備えられた原子力発電ユニットの上にさらに航空機を中心とする軍事システムなど様々なサブシステムが密接に連携され、複雑な空母という一つのシステムを構成している。

 このような複雑なテクノロジーを用い、かつ種々のテクノロジーが緊密に結び付けられ、ある一つのテクノロジー内の誤作動や故障が他のサブシステムに間髪おかずに波及するような全体を構成しているとき、事故は起こるべくして起こるというのがノーマル・アクシデントの考え方である。その典型的な事例としては、かつて旧3銀行がみずほ銀行へと統合したとき、異なるプログラムで機能していた複雑な電子決済システムをひとつに統合しようとしたときに生じたシステム障害を思い起こしていただきたい。テクノロジーが複雑でありながら、かつ緊密に連結されるとき、その事故の影響は即座に全体へ波及し、設計者でさえ予測もつかない結果をもたらすことがある。


事故の根本原因を組織のあり様に探せ
組織事故という考え方


 さらに、事故を発生させる重大な要因として、技術的な要因とは別に組織的な要因についても考えておかなければならない。

 昨年、日本の鉄道の安全性を根底から脅かす重大事故がJR西日本という企業で発生した。いうまでもなく福知山線の脱線事故である(写真1)。あまりに悲劇的な事故ではあったが、しかしこの重大事故により日本人は大きな教訓を手に入れたように思える。それは組織のあり様こそが事故原因のひとつ、それもかなり重大なひとつであったということ、事故は単なる事故ではなく「組織事故」と呼ぶべき性格のものであったことに国民全員が気づいたということである。
福知山の脱線事故
(Photo by 大谷 淳
写真1 福知山線の脱線事故の模様

 当初、事故原因をめぐるマスコミ報道の焦点は、技術的な諸要因(たとえば事故車両の軽量化された車体や運行スピード、カーヴの大きさや置石への耐性といった問題)から始まり、次に運転士個人の要因(十分な経験の有無、事故当時の精神状態等)に置かれていたが、次第にJR西日本という組織のあり様に関心が収斂していった。収益を第一に安全性を第二に考える経営陣、その経営陣と激しく対立する労働組合、その両者の緊張関係から生まれた日勤教育という懲罰プログラム、運転士の休日の買上げを許容していた労務管理体制等々。こうした組織的な諸要因が結果としてあの悲劇的な事故をもたらしたのではないかという見方が、マスコミ報道にともない一般にも広く行き渡ったことは意義深いことだった(図2)。
福知山線の脱線事故原因
※クリックで拡大
図2 福知山線の脱線事故原因
事故分析の焦点はより構造的かつ根源的なものへ

 事故と組織との結びつきをどう考えればいいのか。その最良のメタファーはおそらく蚊の発生(個々の事故)と、蚊を育む池(問題を抱えた組織)というものだろう。蚊はそれを育む池がある限り絶えることはない。そう考えると、発生してしまった蚊の一匹一匹をどのように殺すかを考えることがいかに非生産的で終わりのない作業かよく感得できるだろう。根本的な解決をはかるなら、当然、蚊を発生させる腐った池、つまり問題を抱えた組織の病症を叩かなければならない。


そしてHROへ


 このように、ノーマル・アクシンデント、そして組織事故という二つの考え方を踏まえるならば、これからの企業が採るべき方策の焦点がかなり絞られてくる。

 ノーマル・アクシデントという考え方は極めて妥当性が高くもっともなように思えるが、しかし同時にある疑問を抱かせる。つまり、テクノロジーが複雑化し、タイトにカプリングしているこの産業社会では必然的に事故が避けられないものだとして、では数十年にわたって決定的な事故を起こしていない複雑でタイト・カプリングなシステムを扱っている組織や企業もまた存在しているのは一体なぜなのか? たとえば、鉄道に関していえば、日常的に小さなミスや事故を起こしている企業や路線がある一方で、たとえば新幹線というシステムは運営開始以来いまだ一度も死亡事故を起こしたことがない。あのダイヤの過密さ、そして運行されている車両速度などを考えればこれは奇跡的ともいえる。

 世の中には探してみればこうした危険なテクノロジーを扱いながら、重大事故を起こしたことのない運営体がわずかながら存在する。たとえば、原子力発電所でもミスや事故を多発する運営体もあれば、一方でほとんどミスを生じない運営体もある。同じテクノロジーを用いながら、事故の発生率がまったく異なるのであれば、そこには技術的なレベルではなく組織的レベルでの要因が異なる結果をもたらしているのだと考えられないだろうか。

 つまり、組織事故という考え方に立ち戻れば、事故やミス、障害を生み出しやすい組織のあり方というものが存在する一方で、かたや事故や障害を発生させにくい組織のあり様というものもまた存在すると考えられる。HROとはそうした事故や障害を未然に防ぐ仕組みや体制を備えている組織のことを指し、それがどのようなものかを詳細に調査、研究した結果、練り上げられてきた概念である。

 では次回、このHROという組織について簡潔に解説してみたい。


西本直人(にしもと なおと)

明治大学経営学部にて専任講師を務める。
管理論、組織論、戦略論、マーケティングなど経営系の諸分野で幅広く活動。
主な著書としては、『経営管理』、『経営組織』(ともに学文社)、『スピルバーグ』(光文社)のほか、訳書にK.E.ワイク著『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』(文眞堂)など。
e-mail:naoton@mug.biglobe.ne.jp
HP:http://www5e.biglobe.ne.jp/~naoton/

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