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  • 2018/07/19 掲載

SNSは人を殺すのか、インターネットの居心地が悪くなった理由

Hagexさんはなぜ命を落としたのか

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SNSは「公共圏」という認識が希薄である。現実世界での「公園」とは異なり、過剰に人が密集して相互干渉が起こりトラブルが絶えない。見かけ上、「禁止事項だらけで誰も使わない公園」と「干渉過多で居心地の悪いSNS」はまったく関係のない別物のように思えるがこの2つに共通することは何だろうか。
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我々の公共圏は禁止事項で溢れている
(©zet art - Fotolia)

禁止事項ばかりで誰も利用していない公共圏の存在意義……

 近所にこじんまりとした広場がある。ベンチもなければ遊具も砂場もなく、ただ芝生がまだらに生え、四方をフェンスに囲まれた殺風景なスペースがあるだけだから、いわゆる公園ではなく単なる広場なのだ。時折、子供がサッカーボールを蹴って遊んだりしている。

 しかしその入り口には看板が高々と掲げられ、広場を利用する際の注意が並べ立てられているのだが、本当はサッカーはおろか、キャッチボールもペットを遊ばせることも、飲み食いすることもタバコを吸うこともすべて禁止なのだ。

 とにかく「~をしないこと!」のオンパレードで、「じゃあ、この空間はいったい何をするために存在するんですか?」と逆にこちらが問いたい気分になってくる。事情はどこも同じようなものらしく、筆者もいくつもの公園でひたすら「~をしないこと!」という禁止事項が列挙された看板を見かけたことがある。

 統計だった調査をもとに書いているわけではないから、いささか無責任な発言になるかもしれないけれども、「公共圏」というものをこれほど有効に活用できない国は現代の日本くらいなものなのではないか?

 海外のどの国に行っても広場や公園と呼ばれる場所では子供たちが好きなことをして遊んでいるし、大人たちは火器こそ使用しないものの飲み食いに興じ、飲酒している個人や集団も珍しくない。もちろん、犬猫だってそこらじゅうを走り回っている。タバコも自由に吸って大概はポイ捨てである。

 「日本人はマナーがいいから」という言葉をよく耳にするが、それは単に「公共圏」の意味や意義を取り違えているからに過ぎないのではないか?

 「他人に迷惑をかけない」という「公共圏」の不文律を一から十までご丁寧に明文化して、利用者をがんじがらめに縛り付けることにより、「公共圏」がそもそも内包している可能性を最初から封印しているだけではないのか? 

 それは結局のところ「自由を与えると秩序が乱れる」という市民意識の欠如を逆に露呈してしまっていることにはならないか?

 こうした「公共圏」に対する意識や感覚はなにも広場や公園だけに限った話ではなく、サイバースペース上の「公共圏」とも言えるSNSなどにおいても同質の事態として表出する。つい先頃も、人気ブロガーのHagex氏がネット上でいさかいのあった読者に、講演の場で刺殺されるという衝撃的な事件があったばかりである。

 しかしSNSは「公共圏」という認識が希薄だから、現実世界における公園とは異なり、過剰に人が密集して相互干渉が起こりトラブルが絶えない。見かけ上、「禁止事項だらけで誰も使わない公園」と「干渉過多で居心地の悪いSNS」はまったく関係のない別物のように思えるけれども、結局のところ「公共圏」をめぐる市民意識の未発達と未成熟が根本に裏打ちされているという点では相似形なのだ。

 今回のHagex氏刺殺事件はインターネットの未来を考える上でも実はかなり重大な問題で、特にバーチャル空間の「公共圏」という文脈においてはエポックを画する出来事として語り継がれていくだろう。

ロバート・モーゼス vs. ジェイン・ジェイコブス

 先頃、米国のジャーナリストであるジェイン・ジェイコブスのドキュメンタリー映画『ジェイン・ジェイコブス―ニューヨーク都市計画革命―』が公開され、ミニシアター系のみの上映ながらかなり注目を集めているようである。彼女の主著『アメリカ大都市の生と死』(鹿島出版会)は都市論の界隈ではかなり有名な著作物だから、読者の中にもご存知の方が少なからずおられることだろう。

米国のジャーナリストであるジェイン・ジェイコブスのドキュメンタリー映画『ジェイン・ジェイコブス―ニューヨーク都市計画革命―』の予告編。監督はマット・ティルナー。生前の彼女のインタビューも多く盛り込まれており、都市論を専門とする人以外でも十分に楽しめる内容になっている

 第二次世界大戦直後の1950年代、ニューヨークをはじめとする米国の大都市ではスラム街とその住民たちを排除するかのような再開発計画が実行されようとしていた。そうした一見クリーンなイメージのプランを各所で牽引していたのは、当時、政財界に強い影響力を持っていたロバート・モーゼスである。

 しかし、モーゼスとはまったく正反対の独自の都市論を標榜するジェイコブスは、地域の人々と協調した社会運動によって、再開発計画の多くを次々と白紙撤回させていく。

 映画はそうしたモーゼスとジェイコブスとの苛烈な対立とその時代背景を丹念に描きつつ、上述の著書からの引用、そして、当時のジェイコブスを知る(ジェイコブスは2006年に他界している)さまざまな人々の証言を盛り込んだかたちでまとめられている。

 もちろん、計画を阻止できずにモーゼスの目論見に沿って再開発が遂行された都市も少なからずあったわけだが、それらはの多くは建設が行われた当初の輝きを急速に失い、やがて人の寄り付かないゴーストタウンと化すことになる。冒頭に掲げた誰も使わない広場の例と同じような状況である。

ジェイコブスが提唱する都市と街路に必須の条件とは?

 では、ジェイン・ジェイコブスが掲げた「独自の理論」とはどんなものなのだろうか?

 それはロバート・モーゼスの理念であるところの高層ビル群によって整然と区画整理されたゾーニングの思想に対し、あらゆる年齢、性別、職業、人種の人々が行き交う街路を生命力に満ちた「公共圏」として捉え、新旧の建物が同居するある種の混沌こそが街区の活気、さらには治安や秩序までをも実現/保証するのだという信念である。

 彼女にとって大都市とは雑多なモノ/ヒト/コトが錯綜する自律的な有機体なのだ。

 ジェイコブスは『アメリカ大都市の生と死』の中で以下のようなエピソードを紹介している。

 わたしの興味をひいた出来事は、男性と八歳か九歳くらいの女の子との間で展開されている、抑え気味の争いでした。男性のほうは、女の子を一緒に連れて行こうとしているようでした。かれは交互におだてるような関心を女の子に向けては、続いて無関心を装ってみせたりしています。女の子のほうは、子供が抵抗するときによくやるように、通り向こうのアパートの壁にしがみついてみせていたのでした。

 それを二階の窓から眺めつつ、必要ならどうやって介入したものかと考えていたのですが、やがてわたしが出るまでもないことに気がつきました。そのアパートの一階にある肉屋からは、夫と二人で店を経営している女性が出てきました。男から二、三歩離れたところに立ち、腕組みをしています。雑貨屋を義理の息子と経営しているジョー・コルナチーアもほぼ同時に出てきて、反対側にがっしりと立っていました。上のアパートからはいくつかの顔がのぞき、その一つはすぐに引っ込み、そしてその顔の持ち主は男性の背後の戸口に現れました。

 肉屋の隣の酒場からは男が二人、酒場の入り口まで出てきて待ち構えています。通りのこちら側では、鍵屋と果物屋とクリーニング屋の店主が店から出てきたし、そしてわたしの家以外の多くの窓からも、その場面は観察されていました。男性は知らないうちに囲まれていたのです。だれも女の子が無理矢理連れ去られるのを見過ごすつもりはありませんでした。だれもその子がだれだか知らなかったとしても。
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ジェイン・ジェイコブスの主著『アメリカ大都市の生と死』(鹿島出版会)。都市論におけるバイブルとして位置付けられているが、公共圏の捉え直しという文脈でまさにいま読み返されるべき書物かもしれない

 結局、この誘拐犯とおぼしき(?)怪しい男性は女の子の父親だったということが判明して一件落着となるのだが、いくぶん誇張めいた記述にはなっているものの、ジェイコブスの都市論の本質を表現した象徴的なエピソードである。

 社会的な階層などによって居住区が分断され、さらには居住区と商店街、学校、公園といった異質な施設群が分離されてしまうと、当然のことながら街路にはひと気のない時間と空間が出現し、夜間などには無人の公園が犯罪の温床になり、活力が減退するどころか都市の治安も悪化していく……。

 そうした悪循環を招かないために、ジェイコブスは許容性や寛容性に立脚したある程度のカオスとノイズが必要なのだと説く。

【次ページ】コミットメントの限界を描き出した映画「デタッチメント」
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